Limited-lover
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「ちょっと!何してるの?!」
急に目の前から大きな声がして、身体が反射的にビクンと跳ねた。
あ、あれ……?この人って…確か。
『最低!』
あの川沿いで宮本さんを引っぱたいた元彼女さん…だ。
ロングの髪を緩く巻いて縛っていて、どことなくふんわりした童顔な顔。けれど、睨む眼光が鋭くて、目の前に対峙して思わず恐くなった。
ポケットから出そうとした手をギュッと掴まれ宮本さんに制止させられる。
「…誰?何で健太と手を繋いでるの?」
「そ、それは…」
「離れてよ!健太は私の彼氏だよ!」
必死の形相で向かって来ると、グイグイと私を押し始めるその人。
「いつまでポケットに手を入れてるの?離してよ!」
その腕を宮本さんの手が掴んだ。
「やめてくんない?それ以上やるなら警察呼ぶけど。」
み、宮本…さん…?
決して大きな声を出したわけじゃない。物凄く粗暴な言葉を発したわけではない。
けれど、淡々とした冷たい声色。
ううん、声色だけじゃない。
表情も、その目も…冷徹そのもの。
恐さすら感じる。
初めて間近で見た宮本さんのその表情に、思わず息を飲んだ。
目の前の女の人も固まり、動きが止まる。
それを見て、宮本さんは、ふうと冷めた溜息をつきながら、けれど丁寧に私の腕を掴んでいるその人の腕をそっと外した。
「け、健太…私、あの後、何度も電話もメッセージもしたでしょ?何で?反応も無いし…メッセージも読んでくれてない。」
「何でって…自分で『別れる』って言ったんじゃん。
俺、『分かった』って言ったよ?6日前に。」
「だ、だって、あれは…。」
「知らないよ、言い訳なんて。別に俺にとっちゃどうでもいいわ。別れたって事実があるんだから。」
どう…でも、いい……。
「それより、今、自分がしている行為について考えたら?
公衆の面前でさ…恥ずかしくないわけ?大人として。俺、大嫌いだわ、そう言う人。 」
ズキン、ズキン…と気持ちが痛む。
私を庇い、私の為に怒ってくれているのは分かってる。
で……も……
絶句している彼女に、いたたまれなさを感じて、ポケットの中で、ギュウッと宮本さんの手を握った。
「あ、あの…宮本さん…もう…い、行きましょ…う…」
一度私を見た宮本さんは、もう一度その人に向き直す。
「……今みたいに、この人に今後手を出すなら、絶対許さないから。」
もう……やめて。
ギュッとまたポケットの中で手を握ったら、漸く「行こ」と引っ張られる。そのまま立ち尽くしている彼女に軽く会釈すると、そのまま宮本さんと歩き出した。
「……。」
「……。」
互いに何も話さず、歩いて来た、海の遊歩道。宮本さんが立ち止まり、私に向き直った。
「…ごめん、まさか遭遇するとは思わなかった。」
それにただ、口を開くこと無く、首を振る。でも…目線は合わせられないまま。
「……麻衣」
頬に宮本さんの指先が微かに触れた途端
「やっ!」
反射的にそれをはじいてしまった。
宮本さんの目が見開いて、瞳が揺らめき輝く。
ああ…ダメだ。
もう………ダメ。
「……どうしてあんな風に冷たく出来るんですか。」
「は…?」
「確かに、沢山人が居る所であんな風に取り乱して、騒いだ事はいけないことだけど。
宮本さんが好きだから…本当に好きだからあんな風になっているんですよね?
それをあんな…『大嫌い』なんて…」
「や…ちょっと待ってよ。あのままじゃ、麻衣がひっぱたかれてたかもしんないんだよ?俺ならともかく、麻衣が責められる理由なんてどこにもないじゃん。それをさ…」
「でも、あんな風に言われたら、悲しいです!」
一瞬にして、目頭が熱くなり視界がぼやけた。
けれど、宮本さんが眉間に皺を寄せて少し苛立っているのは、分かる。
「じゃあ、何?
優しく『うん、ごめんね?あなたの言う通りだね』って俺が愛想振りまけば良かったって事?
それで麻衣は満足なわけ?と言うか、そもそもあの子がそれで納得して今後何もしてこないって思う?」
「そ、それは…」
ふうと聞こえる溜息はさっきよりは冷たく感じないけれど、若干面倒くさそうな気がした。
「あのさ…。俺の彼女は麻衣なんだよ。あの子じゃない。
絶対に、今後もあの子の気持ちには応えられない。それで優しくして気を持たせる方が酷だと思うけど。違う?」
……"今後も"って。
私だって、後二日しか彼女じゃないよ。
その後は…あの人と同じ。冷たくあしらわれるんだ。
『前園咲良は高嶺の花だから』
……私は、宮本さんにとって、サクラさんみたいな存在になんてなれっこない。
「…宮本さんには分からないんだよ。いつも色々な人から好かれて、人気者で。だけど、私には分かります。彼女の気持ちが。
告白を受け入れて貰えても、自分ばっかり好きでっていつも不安で…だから歪んでしまうこともあるし、ああやってカッとなる事だってあるんです。」
ポロポロと涙が溢れてこぼれて…それでも止まらない。
「つい試すような事をしたくなる事だってあるんです。
だって、自分に自信が持てないから。
宮本さんの言動に一喜一憂して…『私なんか』って思ってみたり、だけど好きだから頑張ろうって思ってみたり。」
ずっと、ずっと…不安だった。
優しく大事にされればされるほど、宮本さんに惹かれて行くほど、一週間経った後、宮本さんの居ない元の生活に戻った時の喪失感を思うと恐くて、悲しくて。
「…すみません、今日は帰ります。」
離れようとした腕をグッと掴まれた。
「は、離して…」
「や、ここで『はいそうですか』って帰すと思う?」
…別にいいのに。そんなに頑張らなくても。
「…私に優しいのは、一週間は彼女だからですか?それとも…サクラさんに幻滅されないため?」
「は?何でサクラが出て来るんだよ。
まあ…とにかくここで立ち話してても仕方ないから、家に帰って話を…「一緒に居たくない!」
咄嗟に出て来た自分の言葉に、気持ちが割れるんじゃないかって位に痛んだ。
その後も、鼓動にズキズキと痛みが伴う。
宮本さんの掴む力が、緩んだ。
「…すみません。」
その手をすり抜け、そのまま海の遊歩道を走る。
走って、走って…電車に飛び乗り、そのまま自分のアパートへと戻ると、玄関で靴も脱がずに崩れ落ちた。
やっちゃった…な。
私…自分から一日短縮しちゃった、彼女期間。
でも、いい、これで。
もう限界だったから。
優しく笑って触れてくれる宮本さんが、好きで、好きで…だから辛くて。
それに、宮本さんだってきっと私から一日でも早く開放された方が良いはずだから。ちゃんとサクラさんと気持ちを通じさせる為にも。
そのままフラフラと部屋に入って、熱めのシャワーを浴びて、布団に潜った。
目を閉じるとこの一週間の宮本さんを思い出す。
『麻衣』
優しく柔らかい声色と微笑み。それに負けないくらい、丁寧なキス。
全部…思い出されて。
「う…く…っ」
涙が沢山こぼれてきて、枕を濡らした。
………分かってる。もう彼女には戻れないって。
でもやっぱり好きだ、宮本さんが。
告白したときよりずっと…今の方が惹かれてる。
だけどもう…忘れなきゃ。
私が彼女として居られたのは、一週間だけだから。
もう、全てが告白する前に戻るんだから……
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「ちょっと!何してるの?!」
急に目の前から大きな声がして、身体が反射的にビクンと跳ねた。
あ、あれ……?この人って…確か。
『最低!』
あの川沿いで宮本さんを引っぱたいた元彼女さん…だ。
ロングの髪を緩く巻いて縛っていて、どことなくふんわりした童顔な顔。けれど、睨む眼光が鋭くて、目の前に対峙して思わず恐くなった。
ポケットから出そうとした手をギュッと掴まれ宮本さんに制止させられる。
「…誰?何で健太と手を繋いでるの?」
「そ、それは…」
「離れてよ!健太は私の彼氏だよ!」
必死の形相で向かって来ると、グイグイと私を押し始めるその人。
「いつまでポケットに手を入れてるの?離してよ!」
その腕を宮本さんの手が掴んだ。
「やめてくんない?それ以上やるなら警察呼ぶけど。」
み、宮本…さん…?
決して大きな声を出したわけじゃない。物凄く粗暴な言葉を発したわけではない。
けれど、淡々とした冷たい声色。
ううん、声色だけじゃない。
表情も、その目も…冷徹そのもの。
恐さすら感じる。
初めて間近で見た宮本さんのその表情に、思わず息を飲んだ。
目の前の女の人も固まり、動きが止まる。
それを見て、宮本さんは、ふうと冷めた溜息をつきながら、けれど丁寧に私の腕を掴んでいるその人の腕をそっと外した。
「け、健太…私、あの後、何度も電話もメッセージもしたでしょ?何で?反応も無いし…メッセージも読んでくれてない。」
「何でって…自分で『別れる』って言ったんじゃん。
俺、『分かった』って言ったよ?6日前に。」
「だ、だって、あれは…。」
「知らないよ、言い訳なんて。別に俺にとっちゃどうでもいいわ。別れたって事実があるんだから。」
どう…でも、いい……。
「それより、今、自分がしている行為について考えたら?
公衆の面前でさ…恥ずかしくないわけ?大人として。俺、大嫌いだわ、そう言う人。 」
ズキン、ズキン…と気持ちが痛む。
私を庇い、私の為に怒ってくれているのは分かってる。
で……も……
絶句している彼女に、いたたまれなさを感じて、ポケットの中で、ギュウッと宮本さんの手を握った。
「あ、あの…宮本さん…もう…い、行きましょ…う…」
一度私を見た宮本さんは、もう一度その人に向き直す。
「……今みたいに、この人に今後手を出すなら、絶対許さないから。」
もう……やめて。
ギュッとまたポケットの中で手を握ったら、漸く「行こ」と引っ張られる。そのまま立ち尽くしている彼女に軽く会釈すると、そのまま宮本さんと歩き出した。
「……。」
「……。」
互いに何も話さず、歩いて来た、海の遊歩道。宮本さんが立ち止まり、私に向き直った。
「…ごめん、まさか遭遇するとは思わなかった。」
それにただ、口を開くこと無く、首を振る。でも…目線は合わせられないまま。
「……麻衣」
頬に宮本さんの指先が微かに触れた途端
「やっ!」
反射的にそれをはじいてしまった。
宮本さんの目が見開いて、瞳が揺らめき輝く。
ああ…ダメだ。
もう………ダメ。
「……どうしてあんな風に冷たく出来るんですか。」
「は…?」
「確かに、沢山人が居る所であんな風に取り乱して、騒いだ事はいけないことだけど。
宮本さんが好きだから…本当に好きだからあんな風になっているんですよね?
それをあんな…『大嫌い』なんて…」
「や…ちょっと待ってよ。あのままじゃ、麻衣がひっぱたかれてたかもしんないんだよ?俺ならともかく、麻衣が責められる理由なんてどこにもないじゃん。それをさ…」
「でも、あんな風に言われたら、悲しいです!」
一瞬にして、目頭が熱くなり視界がぼやけた。
けれど、宮本さんが眉間に皺を寄せて少し苛立っているのは、分かる。
「じゃあ、何?
優しく『うん、ごめんね?あなたの言う通りだね』って俺が愛想振りまけば良かったって事?
それで麻衣は満足なわけ?と言うか、そもそもあの子がそれで納得して今後何もしてこないって思う?」
「そ、それは…」
ふうと聞こえる溜息はさっきよりは冷たく感じないけれど、若干面倒くさそうな気がした。
「あのさ…。俺の彼女は麻衣なんだよ。あの子じゃない。
絶対に、今後もあの子の気持ちには応えられない。それで優しくして気を持たせる方が酷だと思うけど。違う?」
……"今後も"って。
私だって、後二日しか彼女じゃないよ。
その後は…あの人と同じ。冷たくあしらわれるんだ。
『前園咲良は高嶺の花だから』
……私は、宮本さんにとって、サクラさんみたいな存在になんてなれっこない。
「…宮本さんには分からないんだよ。いつも色々な人から好かれて、人気者で。だけど、私には分かります。彼女の気持ちが。
告白を受け入れて貰えても、自分ばっかり好きでっていつも不安で…だから歪んでしまうこともあるし、ああやってカッとなる事だってあるんです。」
ポロポロと涙が溢れてこぼれて…それでも止まらない。
「つい試すような事をしたくなる事だってあるんです。
だって、自分に自信が持てないから。
宮本さんの言動に一喜一憂して…『私なんか』って思ってみたり、だけど好きだから頑張ろうって思ってみたり。」
ずっと、ずっと…不安だった。
優しく大事にされればされるほど、宮本さんに惹かれて行くほど、一週間経った後、宮本さんの居ない元の生活に戻った時の喪失感を思うと恐くて、悲しくて。
「…すみません、今日は帰ります。」
離れようとした腕をグッと掴まれた。
「は、離して…」
「や、ここで『はいそうですか』って帰すと思う?」
…別にいいのに。そんなに頑張らなくても。
「…私に優しいのは、一週間は彼女だからですか?それとも…サクラさんに幻滅されないため?」
「は?何でサクラが出て来るんだよ。
まあ…とにかくここで立ち話してても仕方ないから、家に帰って話を…「一緒に居たくない!」
咄嗟に出て来た自分の言葉に、気持ちが割れるんじゃないかって位に痛んだ。
その後も、鼓動にズキズキと痛みが伴う。
宮本さんの掴む力が、緩んだ。
「…すみません。」
その手をすり抜け、そのまま海の遊歩道を走る。
走って、走って…電車に飛び乗り、そのまま自分のアパートへと戻ると、玄関で靴も脱がずに崩れ落ちた。
やっちゃった…な。
私…自分から一日短縮しちゃった、彼女期間。
でも、いい、これで。
もう限界だったから。
優しく笑って触れてくれる宮本さんが、好きで、好きで…だから辛くて。
それに、宮本さんだってきっと私から一日でも早く開放された方が良いはずだから。ちゃんとサクラさんと気持ちを通じさせる為にも。
そのままフラフラと部屋に入って、熱めのシャワーを浴びて、布団に潜った。
目を閉じるとこの一週間の宮本さんを思い出す。
『麻衣』
優しく柔らかい声色と微笑み。それに負けないくらい、丁寧なキス。
全部…思い出されて。
「う…く…っ」
涙が沢山こぼれてきて、枕を濡らした。
………分かってる。もう彼女には戻れないって。
でもやっぱり好きだ、宮本さんが。
告白したときよりずっと…今の方が惹かれてる。
だけどもう…忘れなきゃ。
私が彼女として居られたのは、一週間だけだから。
もう、全てが告白する前に戻るんだから……
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