Limited-lover
〜期限付きの告白〜
◇
俺が麻衣を知ったのはいつ頃だったか。
多分、サクラの部下になった後だったとは思うんだけど。
「ねえ、宮本さん、本当なんだって!本当に凄い子なんだよ?」
切羽詰まっていたり、イライラしていたり…そんな周囲の負の感情を、秋川麻衣はプラスに変える事が出来る。一緒に居ると、気持ちが穏やかになって前向きになれる、とサクラは言っていた。
端から見ていた俺の印象としては、麻衣が居る空間は温い感じがして、麻衣と接する人はどこか表情がほっと柔らかくなる感じがして、総じてなんて言うか、『ひだまり』な感じ。
多分、まともに話したのは一度だけ。
麻衣がサクラに仕事の事で叱咤されて、しきりにそれを反省して、休憩所で一人、凹んでいた時。笑ってるいわけでもないのに、麻衣の周りだけどことなく温かい感じがしたあの時。
……泣きべそでも、“ひだまり”なんだ。
なんて、思ったっけ。
実際、話しかけたてみたら、やっぱり何かあったかい空気に触れている感じがして、渡したココアを「ありがとうございます」と受け取り微笑むその表情に、癒やしさえ覚えた。
イベント企画の仕事って、目に見える段取りとか、アイデアだけで仕事が成り立つわけじゃない。主催者がイベントを成功させるためには、必ず俺達との関係が必須で。特に二課は、地域密着だったり、小さなイベントで細やかな対応が必要だったりして、関わる年齢も職種も多岐にわたる。
サクラは…期待しているからこそ、敢えて厳しくしたんだろうね。
頑張って?と思ったのと同時に、どことなく、今後も俺とはあまり交わらないだろうな…なんて思った。
もちろん、人を印象だけで決めるのはどうかと思うけど。
社内でも、会社の入っているビル内でも、色々言われていたから、俺は。
タラシだの何だのって。
それ自体、別にどうとも思わない。
だって、実際に付き合ってみないとその人の事なんてわからないだろうし、相手だって俺に抱いているイメージが合っているのかどうか、見極められないと思うから。だから、「付き合って」と言われれば、よっぽどじゃなきゃ断らない。そして大抵、短期間で『違った』って終了。
その繰り返し。
でも、そんな俺の考えや事情なんて麻衣にわかるわけもないし。『遊んでるチャラいヤツ』ってレッテルを貼られていても仕方がない。
だから…サクラが絶賛する程、イイコなこの子は俺みたいなヤツは嫌いこそあれ、好きになるって事はないんだろうねって勝手に思ってた。
それが…ね。
真斗をリーダーとして手がけていたアイドルグループのコンサートのプロデュース。
あの日は、それが大成功に終わった後の日曜日だった。
久しぶりにゆっくり休めんな…なんて思っていたら三日前に付き合い始めた女の子から連絡があって。
そういや、連絡とって無かったなーなんて、寝起きのぼーっとしている頭でスマホを見て思った。
いや、まあ…三日前に告白されてから、その日に1回デートしたきり、仕事があったからすっかりほったらかしではあったけど。
『話したい』
…出来れば、今日は寝てたいんだけど。
『明日じゃダメ?』
『疲れてるなら、私が家に行くよ』
……それは無理だわ。
自分のテリトリーに他人を入れるのは、結構俺的にストレスで。
入っても大丈夫な人は、真斗とか作田さんとか…とにかくすっげー限られてるから。付き合って三日のよく知らない人が来るのは無理。
その子が、結構押しの強い子だったからって言うのもあったのかもしれない。
これで拒否っても何とかしてここに来ようとしたり、結構そっちの方が面倒くさいかもって考えて。とりあえず、要望に応じて会うことにした。
外は雲一つ無い青空。陽の光がまぶしくて、寝起きの目に染みる。
思わず少し目を細め、それを見上げた。
川沿いの道は、少し風は吹いているけれど、温かくて。
『小春日和』って感じ。
そんな穏やかな空気の中、一人、深刻な顔で彼女は言った。
「私…別れたい。」
特に、俺は驚きもせず、感情も動かず。
“ああ…違ったのね。”
そう思っただけ。
…でも。
「うん、わかった。」
そう答えた途端、その子は顔を歪ませて俺を睨む。
「どうして?!」
いや…何で引き留めないかって言われてもね。
付き合って三日。しかも付き合い始めた日にしか話していない。
俺はあなたの事これっぽっちも知らない。
この時点で後ろ髪ひかれるなんてあり得なくないか…?
なんて思いながら溜息をついた時、その子の肩越しに見えたもの。
……目をまん丸に見開いて、こっちを見てる麻衣の姿。
俺と目が合って、気まずいのか、すぐに逸らしたけど、ひなたのベンチに座り、日差しを浴びているその絵面に、勝手に頬が緩んだ。
…『ひだまり』がひなたぼっこしてるよ。
にやけそうになった顔を慌てて制して、彼女に向き直った。
「…とにかく、別れるんでしょ?わかったから。」
「なっ!さ、最低!」
引っぱたかれた痛みは、それ程なかったと思う。
多分、意識が既に麻衣に行っちゃってたんだろうね。
だって、俺がもめてる間に立ち去ったならともかく、留まってたんだよ?
話しかけても良いって事でしょ?つまりは。
と、言うわけで、足取り軽くベンチに行って隣に強引に座った。
そんな俺に恐々としながらも差し出されたハンカチ。
『ほっぺた冷やした方がいいですよ。』
……触れた空気はやっぱり暖かかった。
休日、家から出るのもたまにはありかも。
まあ…ちょっと変な所を見られたけど。
なんて、思っていたら
「好きです!付き合ってください!」
もうさ…驚いたなんてもんじゃない。
だって、俺の中で一番無いパターンだったから。“麻衣から告白”は。
この日きっかけで話す様になって、俺が好きになってちょっかい出してなんてパターンはありだって思うんだよ。
と言うか、それしかないって思っていたから。麻衣と今後そういう絡みをするのは。
しかも…あんな変な現場目撃した直後に……
「期限付きでも…一週間とか!」
ものすごい必死。
そんなに俺と付き合いたいの?
大丈夫かな、この子。
あんな所見たのに、俺の事、かなり買い被ってない?
『本当に宮本さんが好きで』ってさ…一度しか話した事無いよね?
サクラが、俺の話を仕事上必要ならともかく、それ以上でしてるとも思えないし。
「…………。」
……いや、まあ、いいか、買いかぶっているならそれで。
寧ろ、俺からしたら、ラッキーって話だもんね。
俺みたいなヤツ嫌いだろうなって思ってたわけだし。それに俺だって、この子を買い被ってるかもしれないし。
それはお互い様って事でね。
とりあえず……一週間?
お互い“試す”には丁度いいかもね。
なんて、「いいよ」の入り口はそこだったけど。
触れたほっぺたは温かくて柔らかくて俺と目を合わせられなくてパニクってる麻衣の唇に触れたくなって実際触れてみたら、心地良い。
簡単に『もっと』って欲が生まれた。
……これ、物凄い千載一遇のチャンス貰ったのかも。
大きな仕事が終わった今なら…ある程度集中出来る。
“口説く”のに。
だって、本人からお墨付き貰ってるんだよ?「口説いて良い」って。
堂々とさせて頂きます、彼氏面。
なんて…俺に急にキスされてフリーズしている麻衣をよそに、そんなことを思ってた。
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俺が麻衣を知ったのはいつ頃だったか。
多分、サクラの部下になった後だったとは思うんだけど。
「ねえ、宮本さん、本当なんだって!本当に凄い子なんだよ?」
切羽詰まっていたり、イライラしていたり…そんな周囲の負の感情を、秋川麻衣はプラスに変える事が出来る。一緒に居ると、気持ちが穏やかになって前向きになれる、とサクラは言っていた。
端から見ていた俺の印象としては、麻衣が居る空間は温い感じがして、麻衣と接する人はどこか表情がほっと柔らかくなる感じがして、総じてなんて言うか、『ひだまり』な感じ。
多分、まともに話したのは一度だけ。
麻衣がサクラに仕事の事で叱咤されて、しきりにそれを反省して、休憩所で一人、凹んでいた時。笑ってるいわけでもないのに、麻衣の周りだけどことなく温かい感じがしたあの時。
……泣きべそでも、“ひだまり”なんだ。
なんて、思ったっけ。
実際、話しかけたてみたら、やっぱり何かあったかい空気に触れている感じがして、渡したココアを「ありがとうございます」と受け取り微笑むその表情に、癒やしさえ覚えた。
イベント企画の仕事って、目に見える段取りとか、アイデアだけで仕事が成り立つわけじゃない。主催者がイベントを成功させるためには、必ず俺達との関係が必須で。特に二課は、地域密着だったり、小さなイベントで細やかな対応が必要だったりして、関わる年齢も職種も多岐にわたる。
サクラは…期待しているからこそ、敢えて厳しくしたんだろうね。
頑張って?と思ったのと同時に、どことなく、今後も俺とはあまり交わらないだろうな…なんて思った。
もちろん、人を印象だけで決めるのはどうかと思うけど。
社内でも、会社の入っているビル内でも、色々言われていたから、俺は。
タラシだの何だのって。
それ自体、別にどうとも思わない。
だって、実際に付き合ってみないとその人の事なんてわからないだろうし、相手だって俺に抱いているイメージが合っているのかどうか、見極められないと思うから。だから、「付き合って」と言われれば、よっぽどじゃなきゃ断らない。そして大抵、短期間で『違った』って終了。
その繰り返し。
でも、そんな俺の考えや事情なんて麻衣にわかるわけもないし。『遊んでるチャラいヤツ』ってレッテルを貼られていても仕方がない。
だから…サクラが絶賛する程、イイコなこの子は俺みたいなヤツは嫌いこそあれ、好きになるって事はないんだろうねって勝手に思ってた。
それが…ね。
真斗をリーダーとして手がけていたアイドルグループのコンサートのプロデュース。
あの日は、それが大成功に終わった後の日曜日だった。
久しぶりにゆっくり休めんな…なんて思っていたら三日前に付き合い始めた女の子から連絡があって。
そういや、連絡とって無かったなーなんて、寝起きのぼーっとしている頭でスマホを見て思った。
いや、まあ…三日前に告白されてから、その日に1回デートしたきり、仕事があったからすっかりほったらかしではあったけど。
『話したい』
…出来れば、今日は寝てたいんだけど。
『明日じゃダメ?』
『疲れてるなら、私が家に行くよ』
……それは無理だわ。
自分のテリトリーに他人を入れるのは、結構俺的にストレスで。
入っても大丈夫な人は、真斗とか作田さんとか…とにかくすっげー限られてるから。付き合って三日のよく知らない人が来るのは無理。
その子が、結構押しの強い子だったからって言うのもあったのかもしれない。
これで拒否っても何とかしてここに来ようとしたり、結構そっちの方が面倒くさいかもって考えて。とりあえず、要望に応じて会うことにした。
外は雲一つ無い青空。陽の光がまぶしくて、寝起きの目に染みる。
思わず少し目を細め、それを見上げた。
川沿いの道は、少し風は吹いているけれど、温かくて。
『小春日和』って感じ。
そんな穏やかな空気の中、一人、深刻な顔で彼女は言った。
「私…別れたい。」
特に、俺は驚きもせず、感情も動かず。
“ああ…違ったのね。”
そう思っただけ。
…でも。
「うん、わかった。」
そう答えた途端、その子は顔を歪ませて俺を睨む。
「どうして?!」
いや…何で引き留めないかって言われてもね。
付き合って三日。しかも付き合い始めた日にしか話していない。
俺はあなたの事これっぽっちも知らない。
この時点で後ろ髪ひかれるなんてあり得なくないか…?
なんて思いながら溜息をついた時、その子の肩越しに見えたもの。
……目をまん丸に見開いて、こっちを見てる麻衣の姿。
俺と目が合って、気まずいのか、すぐに逸らしたけど、ひなたのベンチに座り、日差しを浴びているその絵面に、勝手に頬が緩んだ。
…『ひだまり』がひなたぼっこしてるよ。
にやけそうになった顔を慌てて制して、彼女に向き直った。
「…とにかく、別れるんでしょ?わかったから。」
「なっ!さ、最低!」
引っぱたかれた痛みは、それ程なかったと思う。
多分、意識が既に麻衣に行っちゃってたんだろうね。
だって、俺がもめてる間に立ち去ったならともかく、留まってたんだよ?
話しかけても良いって事でしょ?つまりは。
と、言うわけで、足取り軽くベンチに行って隣に強引に座った。
そんな俺に恐々としながらも差し出されたハンカチ。
『ほっぺた冷やした方がいいですよ。』
……触れた空気はやっぱり暖かかった。
休日、家から出るのもたまにはありかも。
まあ…ちょっと変な所を見られたけど。
なんて、思っていたら
「好きです!付き合ってください!」
もうさ…驚いたなんてもんじゃない。
だって、俺の中で一番無いパターンだったから。“麻衣から告白”は。
この日きっかけで話す様になって、俺が好きになってちょっかい出してなんてパターンはありだって思うんだよ。
と言うか、それしかないって思っていたから。麻衣と今後そういう絡みをするのは。
しかも…あんな変な現場目撃した直後に……
「期限付きでも…一週間とか!」
ものすごい必死。
そんなに俺と付き合いたいの?
大丈夫かな、この子。
あんな所見たのに、俺の事、かなり買い被ってない?
『本当に宮本さんが好きで』ってさ…一度しか話した事無いよね?
サクラが、俺の話を仕事上必要ならともかく、それ以上でしてるとも思えないし。
「…………。」
……いや、まあ、いいか、買いかぶっているならそれで。
寧ろ、俺からしたら、ラッキーって話だもんね。
俺みたいなヤツ嫌いだろうなって思ってたわけだし。それに俺だって、この子を買い被ってるかもしれないし。
それはお互い様って事でね。
とりあえず……一週間?
お互い“試す”には丁度いいかもね。
なんて、「いいよ」の入り口はそこだったけど。
触れたほっぺたは温かくて柔らかくて俺と目を合わせられなくてパニクってる麻衣の唇に触れたくなって実際触れてみたら、心地良い。
簡単に『もっと』って欲が生まれた。
……これ、物凄い千載一遇のチャンス貰ったのかも。
大きな仕事が終わった今なら…ある程度集中出来る。
“口説く”のに。
だって、本人からお墨付き貰ってるんだよ?「口説いて良い」って。
堂々とさせて頂きます、彼氏面。
なんて…俺に急にキスされてフリーズしている麻衣をよそに、そんなことを思ってた。
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