Limited-lover
.




……そういや、残ってた書類少しあったな。
やっといた方がいいかな。


麻衣と連絡先を交換してから別れた後、残してきた仕事が気になり始て、休日出勤。

“口説く”と言う方針を貫きたかったのか、それともただ浮かれていただけなのかはわからないけれど、こうなってくると、遠足前の小学生みたいだな、なんて心の中で自分の浮かれ具合に苦笑い。

麻衣の為に!と言うよりは、自分勝手な“口説く”って言う計画のためだからな、はっきり言って。

けれど、やっぱり俺はこの仕事が好きなんだと思う。

一度始めたら、あれもこれも…ってやりたくなって、課長やその日出勤していた後輩が泣きついてきたのにまで手を出してあげちゃって…気が付いたら、ほぼ徹夜。

途中で『よろしくお願いします』なんて麻衣からのメッセージに、簡易的に返信するしかない程、頭が仕事に集中していたし、忙しかった。


次の日の朝、来た真斗が「呼び出してくれりゃ良かったのに」なんて苦笑い。
課長も「お前ばっかに頼ってんな~」って申し訳なさそうにしている。

これでさ、良い奴なら、「気にしないでください!お互い様です!」って爽やかに終わるんだと思うんだけど…俺は人間がそこまで出来ていないから。

ちょっと言ってみっかなって、図々しい考えが脳裏に浮かんだ。


「あの…一週間でいいんで、今日からなるべく定時で上がらせて貰ってもいいですか?あ、昼休みも取りたい時になるべく取らせて貰えると。」

定時で上がるなんて、当たり前の話だって言われればそうなんだけど、俺たちの仕事は顧客あっての仕事だから。“定時”なんて決まっているようで無いようなもんだ。

それでもうちの会社は、その分の休みをきっちり取らせる方針だから優しいなとは思う。

だから…イベンターにとっては、結構なワガママを言っているわけで。「それは困る」と言われるのは覚悟の上だったけれど。


「一週間?ああ、うん。休め。今なら少し依頼も落ち着いているしな。また二月から『お前に』って依頼が殺到しているし、鋭気を養うには丁度良いんじゃないか?」


課長はサラッと即快諾してくれた。


「宮本さん!俺ら頑張るんで大丈夫っす!」
「…増田が居るから不安なんだよ。“定時上がり”」
「えー?!」

細い目を更に細めて笑う後輩の増田に含み笑い。

…増田はかなり真斗を助けていたよね、アイドルコンサートのプロジェクトの時。

作田さんと一緒に舞台の色合いとか、照明と衣装との兼ね合いとか、とにかく感性を活かしてくれてた。


「とりあえず、他に振りゃなんとかなんじゃねえか?今なら、だけどね。」

そんな増田の肩に腕を回しながら、真斗がニヤッと笑う。


…なんか、見透かされてる感、満載だな、これ。


とは思ったけど、まあ、いっか。
“お互い様”だし、真斗に関しては。


「どうも」と、とりあえず素っ気なく返してスマホに目を落とした。


…とりあえず眠いから、昼休みはいつも通り昼寝をするとして、麻衣を呼び出そうかな。


今までなら、一人で静かにスマホいじりながらウトウトするのが好きだったはずなのに、何でかそんなことを考えたあの時。


実際呼び出して、心の中で「麻衣のせいで徹夜したんだから」と勝手な言いがかりつけてした膝枕。


思った以上に寝心地良くて、温かくて。


10分足らずのその時間ですごい満たされたのは間違いない。


まあ…そうなってくると、余計に俺の意志は当然固くなる。

何だかんだ言いくるめて、キスして。戸惑う麻衣にやんわりクギを指す有り様。『麻衣が言い出したんでしょ?だから、この一週間は口説いて良いって事でしょ?』って。


まあ…たまたま告白した相手が、自分を気に入ってたってなればね。相手はそこにつけ込むわけで。今の俺はまさにそんな感じだから。

頑張って貰わなきゃ困るんだよ。“口説かれる”事に。


話の流れで座布団を買いに言った店で、俺が戻したクッションを残念そうに見てる麻衣。

いや、悪いけど、膝枕出来る為のものしか買わないから。
ぽっと出の“ゆるネコ”ごときに膝を渡してたまるかっつーの。


触れた頬が柔らかくて温かくて。戸惑いがちの潤んだ目の誘惑にヤバい位負けそうになる。


…そんな顔すると、二日目にしてお持ち帰りするけど。


自分の浮かれ具合を麻衣のほっぺた摘まんで八つ当たり。


本当に贅沢なポジションを貰ったよね、俺。


「ほら、行くよ」


俺が座布団の代金出した事に驚き戸惑ってる麻衣を引っ張り、メシを食いに行ったカフェ。

店を出る時、長身の爽やかイケメン店員が「払わせるのかよ」って俺を一瞬一瞥して、「また来てくださいね?」とはにかみ笑顔を麻衣に向ける。


…いや、大丈夫。そんなお誘いしなくても。
二度とこの店、来させないから。


しれっと気が付かないフリして心の中で舌打ちで返す。


この店員、麻衣を見てんなって思ってた。

じゃなきゃ、いい歳こいて、「あーん」とかしないよ、俺だって。


席についてから、眉間にしわ寄せて、メニューに穴が開くんじゃないかって程オムライスとハンバーグをにらめっこしていた麻衣。そのほんの数分間で、何度も麻衣を見るそいつ。

オムライス頬張って、「幸せ~!」と言う顔をした瞬間なんて、完全にこっち見て含み笑い。いや、実際、オムライスも麻衣に食べられて本望だよねって俺も思ったけどさ、その顔見て。

なんて言うか…七福神様?
とにかく、楽しそうに美味しそうに食べる。

それを「可愛い」と思う男が居ても不思議じゃないとは思う。俺もそうだし。
だけど、彼氏とは言え、まだ“仮”なわけだし、いつどうなるかなんて分からないわけで。別の奴に参戦されたらたまったもんじゃない。

だから…出来れば俺が払って壁になりたかった。


だけどね…

「払います!」

すごい真剣な麻衣に、「どれだけ律儀なんだよ」なんて面白くなっちゃって。


結果、そんな麻衣に負けて、奢って貰った。



.
< 35 / 49 >

この作品をシェア

pagetop