Limited-lover
〜温度、差〜
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…今日は昨日より顔色がいいな。


昼休み、書庫整理室で座布団に座って待っていてくれた麻衣は、どことなく機嫌良さげ。膝枕をして、いつにも増して触り心地がいい気がする頬を撫で唇を重ねて、『食い甲斐ありそう』なんて言った俺に、一瞬目を見開いたけど、微笑む。


俺に“慣れた”って事なら良いけどね。
それとも、ただのラーメン好き?

連れて行ったラーメン屋さんで、美味しそうにラーメンを啜り、チャーシューを頬張り、今日も顔がほころんでる。

あまりにも美味しそうに食べるから、可笑しくなっちゃって。
おかげで今日も、楽しく夕飯食えましたって、普通に俺がお支払い。


けれど、麻衣はまたそれに困り顔。
まあ…そうなるだろうってわかっていて払ったんだけどね。


「チャラに出来ない」って訴える麻衣に、心ん中でそりゃそうだと思い、笑いが少し込み上げる。だって、チャラになんてさせないから。

申し訳ないけど俺はそんなに良いヤツでもない。自分に得があるから支払いしてんだよ。

真面目で律儀な麻衣は、納得出来ないから1日目みたいに、「チャラにしたから帰ります」は出来ない。帰れないってことは、俺と居る時間、増やせるじゃん。

別にどこに行こうと決めていたわけでもないけれど、以前から仕事の為にじっくりと見たかった景色に付き合って貰う事にしたあの時。


川沿いで空気がどことなく澄んでいるそこは、確かに綺麗な景色ではあるんだけれど、川が冷やした空気が足元から吹き上げたりして…俺一人で立ち止まって見ているには、寒すぎる。


麻衣を背中から腕の中に抱き込んで、その肩越しに見た夜景。
麻衣の温もりが俺の身体を芯から温めてくれてる気がして、抱きしめている感触が優しくて…吹いてくる北風も、頬に刺さりそうな程の冷たい空気も全部がこの人の温もりを感じる為にある気がする位に癒されて暖かかった。


あー…何か、俺、このままずっと居られそう、ここに。


「安眠出来そう」

本当にそう思った、単純に。
別に他意は無かった、その言葉には…ね。


「試してみますか?」


…いつもの俺なら、別に深く考えなかったって思う。


ああ、そうする?
手っ取り早くそこら辺のホテルに行って…。
お互い楽しけりゃそれが一番なんて安易な考えだったと思うけれど。


麻衣に関しては、全くそう言う思考に走らなかった。



言われた瞬間、自分を「ちょっと待て」と制する。


…告白してからここまでの経緯をみてると、麻衣って、時々、言葉が勢いで先に出て来て、後から後悔する事があるんじゃないかなって気がするんだよな。

じゃなきゃ、支払い云々にこだわるほど真面目なのに、ほぼ話した事ない相手に「本当に好き!」なんて豪語出来ない気がするし。


いやでも……正直、抱けるなら、すごい抱きたいけど。


そりゃね?
麻衣に『試してみますか?』なんて言われたら、お持ち帰りするに決まってるんだよ。だって、勢いとは言え、そう言ってくれたのは、俺にだいぶ近づいてくれたって事だし。良い方に感情が転がってくれているって事だろうし。

だからとりあえず…連れては帰ろうか。
その後の事は、様子を見て…だな。


予感は付き合うって決めた初日にあったけれど。
『自分の家には滅多に人を入れない』と言う考えで生きて来たはずの俺を麻衣は4日目にしてあっさり打ち破った。


それどころか、俺は、逃がさないとばかりに手を握りっぱなし。近隣のコンビニに寄っただけで、家路を急ぐ。

いや、ほんと。
自分で自分が信じられないし、こんなに必死でみっともないとは思うけれど。どうしても「やっぱり帰る」と言わせたくなかった。


麻衣と交代で風呂に入ったけど、シャワーだけ即行浴びて再び部屋に戻った。

緊張丸出しでソファに座ってる麻衣。


…バスタオル被りっぱなしだし。
やっぱり“勢い”だったよな、これ。


隣に行って、バスタオルを外したら、潤んだ瞳が不安そうに俺を見る。化粧を落としたせいなのか、少し幼く見えるその表情。


…そんな顔しても、帰さないよ?


自分のバスタオル被せて拭いてあげるなんて口実をつくってから、引き寄せて触れた唇は、昼間よりもっと柔らかい気がして、身体が疼いた。


や…でもな。
と、自分を今一度制す。


麻衣の今の恐縮ぶりを考えたら、後々に影響してくる気がする。今日はあくまで、言葉に忠実にしてあげた方が良い気がする。


俺は…雰囲気とか流れとかじゃなくて。一週間を過ぎて、俺の彼女だって自覚をちゃんと麻衣が持ってから抱きたいかも。

その時は遠慮無く、堪能させて頂きます。


触れるだけのキスを何度も、何度も繰り返す。
不思議と気持ちが落ち着いて、理性がちゃんと働く所まで戻って来た。


じゃあ…まあ、寝ようかな、今日は。

いつも通り過ごせば冷静さを保てるはずと、最近ハマっているポータブルゲームをしながら麻衣を抱き枕にして入った布団。


…寝た、かな。


俺の腕の中で向こうを向いて規則的な寝息を立て始めた麻衣を見て、ゲーム機をベッドサイドに置いた。

そっとお腹ら辺に腕を回して引き寄せてうなじに顔をつけてみる。


…すごい抱き心地が良いい。


足も絡めてより引き寄せて、少し頬で髪をどかして唇をそこに押しつける。

それから首筋をはさみ込む様に、何度も唇をつけたら、「ん…」とくすぐったそうにもぞもぞと動く麻衣。


少し肩を押して、仰向けにすると、油断して少し開いている唇をそっと塞いだ。それからコツンとおでこをつける。


「……寝よ。」


自分に言い聞かせるように呟いた。


これ以上やってたら、本当にヤバいから。ちゃんと我慢しないと。


「……。」

目の前の、半開きの唇の誘惑に負けて、もう一回だけキス。


…正直、今辛い。
『何この苦行』ってほど。


けれど、そういう事を抜きにして、俺は“麻衣と居るのが好き”だと思っている事が、少しでも伝わる方が俺にとってはよっぽど大きいから。

一緒に居る様になってまだ4日目なのに、そう思えるって、俺が他人をテリトリーに入れたがらない人種だって事を差っ引いても凄い事だって思うんだよ。

それだけ…麻衣は俺にとって居心地の良い存在なわけで。麻衣にとっても俺がそうなると良いとは思うから。


「ん…しろねこ…」


…当の本人は、呑気に寝言だよ。
どんだけ安眠してんだよ、初めて泊まった彼氏んちで。

しかも“ゆるネコ”って。
こう言う時さ、『宮本さん、好き』とか寝言呟いてくれるんじゃないの?

こっちに寝返りして顔を向けた麻衣を抱き寄せる。
麻衣も俺にパタンと腕を置き、胸元に少し顔を埋めた。


「わたがし……」


再び聞こえて来た寝言に、クッと含み笑い。


「それ…“ゆるネコ”のキャラのこと?それとも夢ん中で実際に綿菓子食ってるの?どっちなわけ?」


なんて、ツッコミを軽く入れてから、くうくうと俺の腕ん中で寝てる麻衣の鼻に自分の鼻をすり寄せて目を閉じた。


…明日には麻衣は俺が嫌いになるかもしれないし、一週間で本当にサヨナラかもしれない。
そういう可能性があることは、俺もちゃんと覚悟はしている。


ちゃんと味合わないと…だよな、この贅沢な温もり。


麻衣の規則的な寝息が温かさに相まって、余計に心地良さが増す。
いつの間にか微睡みに誘われて、そのまま眠りに落ちた。



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