運命という名の足枷(仮)
2
てっきり死んだと思っていたが、ヒルダは目覚めた。
「ーーっ……!」
首筋の一部が熱を持ち、じりじりと肌を刺した。
おそるおそる、痛むところを指でなぞると、「S」の生々しい跡が、肌に浮かんでいた。
激痛に目がかすむ。
近くから視線を感じ、ヒルダは目をこすり、周囲を見回す。
こもった異臭が鼻についた。
蛸部屋(タコベや)に、ヒルダは転がされていた。
薄暗い中、ヒルダと同じーつまり、売られた子供達がまるで丸太の様にごろごろと転がっていた。
どの子供にも、両足に重りの繋がった足枷(あしかせ)が、銀色の鈍い光を放っていた。
「そのSは、スメイのSだよ」
暗がりの奥から、声が光の様に差し込んできた。
「……Slave(スレイブ・奴隷)のSかと思った」
声がした方に向かって、ヒルダは言う。
「ははっ」と笑い声が返ってきた。
暗がりの奥から、1人の娘が寄ってきた。
声の主だ。
暗がりよりも黒い瞳が濡れた様に光る。
「アンタ、5、6歳くらいだろ。読み書き出来んの?」
遠慮の無い物言いに、ヒルダは口を開く。
「まあ、ある程度は。馬鹿な女が母親だったから、自分はそうならないよう、自分で勉強した。……あたしは、ヒルダ」
ヒルダは名乗り、まじまじと娘の顔を見た。
髪は砂か何かで薄汚れているが、色は黒。
目も黒。
肌は少し黄色く、異人(外国人)である事は容易に分かった。
黒い目の娘は口を開く。
「俺は徒樹。菊ノ園 徒樹(きくのおん あだじゅ)だ。日の本から流れてきた。年は13だ」
徒樹と名乗った娘は、何故か男の口調。
「“俺”?」
首をかしげ、ヒルダは呟く。
「ああ、そうだ。あのな」
徒樹はヒルダの青い瞳を覗き込む様に、しっかりと目を合わせ、言う。
「スメイの奴、奴隷を男扱いすんだ。その方がいたぶりやすいって理由でな。そして、俺達から姓を奪う。
アンタはヒルダ・スメイ。そして、H no.18。俺はA no.27。Aから始まる名前の奴が、俺を含めて27人居るってこと。
ここじゃ、名前なんか捨てちまうんだ。俺達はーー、“庶民以下”。ゴミクズなんだから」
そうしてヒルダはいとも簡単に、
H no.18の奴隷となりさがったのだ。