16歳、きみと一生に一度の恋をする。
電気もつけずに自分の部屋のベッドに倒れこむと、走馬灯のようにあの日のことを思い出していた。
――『晃。紹介したい人がいるの』
小学五年生の春。当時暮らしていた団地の家に母さんが連れてきたのは、とても誠実そうな人だった。
背丈はそんなに高くないけれど、笑うと目尻が下がるのが印象的で、俺のことを見る瞳も優しかった。
『名前は蓮見一彦さん。私の大切な人で、再婚も考えてる。そうなったら晃のお父さんになる人よ』
そう言って、少し緊張したような声で頬を赤らめている母さんを見たのは初めてだった。
『こんにちは、初めまして。これから晃くんの家族になりたいと思っているんだけど、許してくれるかい?』
一彦さんは俺と視線を合わせるように腰を屈めた。隣では母さんが不安そうにしている。でも同時にやっと俺に紹介できたという安心感も感じられた。
未婚で俺のことを産んだ母さんは、ずっとひとりで頑張ってきた。
泣き言も言わずにフルタイムで仕事をして、育ち盛りだからと言って俺の好物をたくさん作ってくれるけれど、生活が楽ではないことは子供ながらに理解していた。
父親なんていてもいなくてもどっちでもよかった。
俺は母さんが幸せならそれでいい。
この人ならきっと、母さんのことを幸せにしてくれるはずだと思った。
『よろしくお願いします』
俺は迷わずに頭を下げた。
なんにも知らずに、新しい家族としての形ができたことを喜んでいた。
あの時、俺が受け入れなかったらどうなっていたんだろうか。
もうどうにもならないっていうのに、過ぎていった後悔ばかりを指折りに数えている。
終わらないジレンマ。声を出さない代わりに、拳を握りしめる。
……痛さを感じたいのに、まだ感覚は戻っていない。