転生令嬢はまるっとすべてお見通し!~婚約破棄されたら、チートが開花したようです~
「……俺は、未来に期待を抱いてもいいのか? ……例えば、シエラの家でまた、あのアップルパイが食べたい。そういう願望を、少しくらい口に出してもいいのだろうか」
「いいに決まってるじゃない。素直に言ってくれたら、私が叶えてあげられるもの」
「……女に叶えてもらうなんて、情けないな」
「私の願望もフィデルに聞いてもらうからおあいこよ。さっき、なにも言わないでも、フィデルはひとつ私の願望を叶えてくれてたけど」

 シエラの願望を? 心当たりがない。

「ふふ。フィデル、さっき初めて私の名前を呼んでくれた。ずっと呼んでほしかったんだから!」
「……そうだったか? 今までも呼んでいただろ」
「いいえっ! 〝お前〟としか言われたことなかったけど?」
「わ、わかった。そんなことで嬉しいなら、これからはちゃんと名前で呼んでやる」
「仕方ないわね。絶対よ! それで、〝コンビ解散〟なんて言ったことは許してあげる」

 拗ねて頬をふくらませたかと思うと、すぐにまたにっこりと笑う。
 俺は、シエラのこの笑顔をかわいいと思うし……愛しいとも思った。

「今のでわかった? フィデルにとってほんの些細なことが、こんなにひとりの人間を喜ばせるってこと。フィデルはちゃんと、誰かを幸せにしてる。そのことを忘れないで」
「……ああ。ありがとう。シエラ」

 シエラのお陰で、俺はもう一度、立ち上がってみようと思えた。

「それじゃ、ちゃっちゃとフィデルの手錠を外さないとね! 外れたらここを出て、すぐに学園に向かうわよ!」
「どうやって外すんだ? 俺の手錠には鍵がかかっている。力ずくで外すなんて――」

 喋っている間に、カチッという音がした。気づいたときには、手首の締め付けから解放されていた。

「鍵、持ってるに決まってるでしょ?」

 地下牢とは別の、手錠用の小さな鍵を持ったシエラが、悪戯に笑いウインクをする。

「……フッ……あははっ! さすがだな。俺の相方は」

 どこまでも抜かりのないシエラに、『参った』というように、俺は額に手を当てた。

 この瞬間、俺は初めて――心の底から笑った気がした。

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