個人的に理想のヒロイン
大抵 少女漫画では告白現場に遭遇するという謎のルール
放課後。
日直の仕事を終え、僕は昇降口に向かう。
「……樹先輩…」
女子の声。
まだ帰っていない生徒が居たのか。
いや、待った。
今、「天樹先輩」って言った?
「ずっと前から、好きでした」
……はい!最悪!
よりによって告白現場でしたか。
サディスト…つまり S に告白するって、Sを好きになるって、すごい勇者も居たもんだな。
もはや性別がどうのこうのとか、そういうレベルじゃない。
「ふーん…。…で?」
澪先輩の声に、僕はその場に凍りつく。
今の声の感じからいって、不機嫌そうだ。
「君は私を好きなんだよね?だから?」
うわ、なんという鬼畜発言を…!
名前も何も知らない女子生徒に、同情します。
「『だから』って……っ」
どんどん泣きそうになる女子生徒。
声が震えている。
いたたまれないな…。
「ていうか、君、…誰?あーごめん、一目惚れってやつかな?ほら、私、見た目はハンサムだから」
澪先輩は自ら茶化していた。
多分泣かれるのが面倒なんだろうなぁ…。
…なんか、『ハンサム』という言葉を、すごく久々に聞いたよ。
「悪いけど、私 同性と付き合う気ないんだ。代わりに…オトモダチにしてあげるよ。それじゃ駄目かな?」
……うわぁぁぁ、澪先輩って、あんな甘ったるい…と、いうか、色っぽい声、出せるんだ~。
「っ…!い、いえっ、よ、よよろしくお願いしますっ」
女子生徒は動揺している。
そらそーか。
目の前には美形、しかも好きな人。
その人が、自分に甘い声で話しかけてるんだもん。
「くすっ…、りょーかい。
優しくするよぉ…」
うさんくさ!
僕は脳内でツッコむ。
澪先輩の口から出てきた 「優しくする」だなんて、違和感しかないなー…(苦笑)。
「じゃあねー、気を付けて帰りな」
ヒラヒラと手を振っている澪先輩。
僕は慌てて物陰に身を隠した。
パタパタと、小走りで去っていく女子生徒。
「はーるーきーくーん」
澪先輩の声。
うん…。
なんかこの人なら、僕が立ち聞きしてたの、気づいててもおかしくないかも…。
僕は物陰から出る。
澪先輩は、相変わらず格好良いことで。
黒い笑顔は心臓に悪いかな。
「やだねぇ、君、人の会話盗み聞きするなんてさぁ~…何処から聞いてたのかな?」
「…告白のところ、からです」
なんか、澪先輩のペースに慣れてきたかも。
「あーら、全部ぅ?聞かれちゃったか。
はーずかしいこと」
澪先輩に、恥という概念あるのか…?
「ま、別に良いけどさ。
それより君、帰んないの?暗い夜道歩いてたら、危ないんじゃない?今朝の、痴漢被害みたいに…くすっ」
うわぁ、この人、的確に人の嫌な記憶を引っ張り出してくるよ。
「僕は男なんで平気ですよ。それより先輩の方こそ…」
いや、先輩は平気か。
僕はじっと、澪先輩の横顔を見る。
綺麗な肌…、長い睫毛。
「ん?どうかした?」
「い、いえっ、別に…」
いかんいかん、何見とれてるんだっ!
「あー、わかった。見とれてたのか」
「美形って皆自信家なのかな…」
思わず小声で呟く。
「何か言った?」
はい!僕はまた地雷踏んだ!
「い、いえっ、えっと…」
じっと、澪先輩は僕を見てくる。
なんか…、頬が熱くなる…。
「えっとぉ…、あー、そのぉ」
しどろもどろになって言い訳しようとする僕を、澪先輩は相変わらず黒い笑顔で楽しそうに見つめてくる。
「ひ、人から 澪先輩はサディストだとき、聞きましてっ、澪先輩なら変質者でも野犬でも容赦なく踏みつけるだろうと思いましてっ!?」
自分でも支離滅裂なのがわかる。
「あー、それは無理」
あれ…?意外とあっさり否定された。
「変質者はともかく、私、犬怖いんだよねぇ」
嘘だ。
この人が、犬ごときを恐れている…だと!?
変質者なら平気という、この澪先輩が!?
「中型犬怖いし、大型犬強そうで怖いし、小型犬は噛みついてきそうで怖い」
つまり 全部怖いと。
「他に苦手なものとか、ないんですか?」
「う~ん…」
悩んでいるということは、やっぱ無いん…
「玉ねぎ」
た、玉ねぎ!?
「玉ねぎって嫌いなんだ、私。
切るとき、嫌いすぎて涙出てくるし」
そりゃ玉ねぎはそういうもんですから…。
「君は怖くないの?玉ねぎ」
「いや、怖くないですけど」
この人…、玉ねぎのどの要素を恐れてるんだよ…。
「夜中に歩いてきたら怖くない?」
「そら怖いですよ!」
澪先輩って…もしかして、てんねn…。
「さー、話はこれくらいにして、帰ろ」
「あ、はい!」