不器用オオカミとひみつの同居生活。
「そんなことないよ。私にとって花平くんは……」
瞳の奥、頭の中に浮かんだのは
私のつくったご飯を一緒に食べてくれる、
風邪をひいたときに看病をしてくれる、
そして切なそうな顔で笑う…彼の顔だった。
忘れようと思った。
だけど、あの日のことが。
キスをされたときのことがどうしても忘れられなかった。
頭をふって、彼が消えた。
「花平くんはただのクラスメイトだから。
それ以上でも、以下でもない…赤の他人」
言い聞かせるように、ゆっくりと。
胸の痛みに気付かないふりをする。
痛くなんかない。
何も感じてない。
「そっかぁ。もう出ようか、のぼせちゃう」
「うん」
私の言葉に安心したのか、ぱっと顔をほころばせて。
行こっかと先に脱衣所へ向かった。
私は立ち上がる前に、両手でお湯をすくって
ぱしゃり、自分の顔にかけた。
浮かんだ。消えた。
また浮かんだ。消えた。
ほら、消えた。消えた。
……お願い、消えてよ。