不器用オオカミとひみつの同居生活。
はぁ、と短いため息が遠くで聞こえる。
「もういいだろうか?忙しいんだ」
怒り?
ううん、違う。
それよりも悔しかった。
「……何があったのかは知りません。だけど恥知らずなんて、そんな悲しいこと言わないでください」
遠ざかる背中はまるで私の声なんて聞こえていないようだった。
脳裏に現れた花平くんは、いつかの表情を浮かべていた。
私の髪色をそのままでいいって言ってくれたとき。
あのとき見せた花平くんの笑顔は、いまにも壊れてしまいそうだった。
ぐっと握りしめた手。
爪が痛いほどに食い込んでいた。
……花平くんの人生は終わってなんかない。
「花平くんの人生は、花平くんが決める」
震える声。
ぼやける視界の向こうで、振り返った花平くんのお父さんの顔もこわばっていた。
この時間帯は混雑していて、多くの人でその姿がかき消されてしまう。
その間に、と。
ぐしぐしと目元をぬぐって、再び顔を上げたとき。
人混みの先にあったのは、どこまでも続く白い空間だけで。
今までの会話も幻だと言わんばかりに、
すでに花平くんのお父さんはいなくなっていた。