前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~
「本当にどうして医局に入らないのかしら。後悔しないといいけど──」
「それは面倒だからです。医局内の縦社会のしがらみが」


 話し続けるふたりの背後から気だるげな低い声を投げかけたのは、講演会に行っていた私の旦那様だ。ここに来るなどひとことも言っていなかったのに……!

 ネクタイを締め、ワイシャツの袖を腕まくりした滅多に見ないスーツ姿で、若干怖い無表情で彼女たちを見下ろしている。


「久夜さん……っ!?」


 私は驚いて声を上げ、後ろを振り返った北澤さんたちは逆に絶句してサッと青ざめた。

 久夜さんは落ち着き払った様子で、医局に入らない理由を説明する。


「人間関係に頭を悩ませたり、珍しい症例を診て研究したりするより、多くの症例をこなして経験を積みたかったんですよ。それと人事に左右されず、自分の道は自分の力で切り開いていきたかったので」


 しっかりとした意思をあけすけに語った彼は、おもむろにこちらに近づいてくる。そして、私の肩をそっと抱いた。


「こうして最愛の妻にも出会えましたし、後悔など微塵もありません」
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