前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~

 その日仕事を終えた私は、久々に屋上庭園に出てみた。夏真っ盛りの午後六時前の空は、太陽の位置は低くなってきているがまだまだ明るい。

 ひとりベンチに座ってオレンジがかってきた入道雲が浮かぶ夏空を眺め、十年前に思いを馳せる。

 あの日、ここで久夜さんに出会わなかったら、私はどうなっていただろう。ずっと悲観したままで、話下手も直らず、恋する喜びも知らずに生きていたかもしれない。

 実は当時、久夜さんへの恋心に気づいた私は、退院する直前にラブレターを書いていた。人生で一度だけ告白しようとしたのはそのときだ。

 しかし〝明神先生、好きです〟とひとことだけ綴った手紙は、渡すまでには至らなかった。

 ここへ持ってきたもののあと一歩のところで勇気が出ず、このベンチの後ろにある花壇にこっそり捨ててきてしまったのだ。

 ちゃんと言葉にして告白するどころか、手紙を渡すことすらできなかった自分は、本当に意気地なしだった。私の初恋はあの時点で終わったものだと思っていたのにな……。
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