前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~
「もっと笑顔になってくれたら嬉しいんだが。まあ、俺も人のことは言えないか」
「……いや、今の嫌味のつもりだったんだけど」


 脱力して呆れた顔をする櫂をキョトンとして眺めていると、彼はようやくふっと柔らかな笑みをこぼす。


「ひさはいい顔してるよ」


 昔の呼び方に戻った嬉しさを改めて感じ、俺も口元を緩めた、そのときだ。


「久夜さん!」


 後ろから透き通った声が俺を呼んだ。振り返れば、笑顔がキラキラと輝く伊吹がこちらに歩いてくる。

 ──こうして彼女の声を聞けることが、こんなにも幸せに感じるなんて。

 レースが品よく施されたスカートを摘まんで近づいてくる姫さながらの彼女を見つめ、俺は数か月前のあの日を脳裏に過ぎらせた。

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