前略、結婚してください~過保護な外科医にいきなりお嫁入り~
 先生が口にする専門用語を聞けば、病院からの電話だとすぐにわかる。オンコールの日ではないのにかかってきたということは緊急手術だろうか。


「十分で向かう。それまで対応を頼む」


 わずか一分足らずのやり取りの最後に発したその言葉で、やはり早急に明神先生の手を必要としているのだと確信した。残念だが、送りださなければ。

 通話を終えた彼は、私を見てわずかに浮かない表情に変わる。


「伊吹、申し訳ないが……」
「病院に行くんですね。私は大丈夫ですから、気にしないでください」


 私のほうが焦った調子で言うと、先生は一瞬でドクターの眼差しに変わった瞳をこちらに向け、やや早口で告げる。


「この先も、こういうことは普通に起こる。大切な用事でも抜けなきゃいけないときもあるし、遠出もしづらい。それでも俺を選んで後悔しないか、もう一度よく考えておいてくれ」


 彼の言葉が、ずしりとした重みを持って私の胸に置かれた。先生とふたりで過ごす時間を中断させられるのは今日に限ったことではないと、現実を突きつけられる。

 口をつぐむ私に、彼は「今日は本当にすまない」と残して軽やかに駆けだした。人混みの中へ消えていくその姿を、私はなんとも言えない寂しさを抱きながら見送っていた。

< 58 / 245 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop