恋人のフリはもう嫌です

「それなら、どうして今ここに」

 彼が自分で、手のひらになにを書いたのか。
 私は知らない。

 彼は迷いながらも、今はなにも書かれていない手のひらを見つめながら言った。

「手にメモ書きがあって。酔って自分の願望を書いたのかなと、思ったけれど」

「ええ」

 どんな願望だろう。
 日差しの暑さだけではない、なにかが手の中にじっとりと汗をかかせる。

「俺の字とは別に、俺が書けない向きで『す』と『ち』が書いてあったから。書かれている内容は本当かなって、実際は半信半疑で千穂ちゃんに電話をした」

「ますます気になります」

 私が身を乗り出す勢いで詰め寄ると、迷いつつも、彼は書かれた内容を教えてくれた。

「千穂ちゃんにデート誘われた。って全部が平仮名で。本当に?」

 僅かに不安げな顔に胸がときめいて、わざとふてぶてしく答える。

「さあ、それはどうでしょう」

 それが彼の願望だと言うの?

 本当なのなら、嬉しいに決まっている。
 彼が「教えないのは狡いでしょう」と非難してきても、笑って対応できた。
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