恋人のフリはもう嫌です

 頬を撫でられ、肩を揺らす。

「大人げなかった。ごめんね。千穂ちゃんの憎まれ口、聞きたい」

 私は力なく応えた。

「憎まれ口が聞きたいなんて、おかしな話です」

「ハハ。そうだね」

 動き出した車の流れに、彼は私から手を離すとハンドルを握った。

 私は手を伸ばし、彼のスーツの端を掴む。

「ん? どうしたの」

「西山さんに、触れていたくて。ダメですか」

「弱っているとかわいさが増すのは、どうかと思うよ。触れていると眠れるのだね?」

 頷いた私を視界の端に収めたらしい彼は、私の手を掴み自身の腿辺りに置いた。

「怪しい触り方しないのなら、ここでいい。スーツの端じゃ味気ないでしょう。運転中に、手を握り続けるのは難しいし」

 際どい辺りに手が滑りそうで、目を剥いた。

「あの、緊張で余計に眠れなくなりそうなので、スーツがいいです」

 慌てて彼の腿から手を離し、先ほど掴んだスーツを掴み直す。

「ライナスの毛布みたいだね。スーツの方がいいとは残念だけれど、好きにしたらいいよ」

 彼の言葉に甘え、目を閉じるとすぐさま眠りに落ちていった。
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