恋人のフリはもう嫌です
会社の入り口のようなところに立つと、果たしてこれが呼び出しボタンだろうかと躊躇するようなボタンを見つけた。
そのボタンを、彼は迷いなく押した。
ビーッと外まで聞こえる音がして、引き戸が開けられると、中から年配の女性が顔を出した。
「お世話になっております。キタガワ製作所の西山です」
「藤井です」
西山さんと一緒に頭を下げると、女性は朗らかに言った。
「あら。今日は森さんじゃないのねえ。次は専門家のイケメンを代わりに来させますからって。本当イケメンさんね」
「いえ。森が軽口を言ったようで、すみません」
彼は謙遜しつつ「松本社長は」と、お目当ての人物を名指しする。
「今日、来るって伝えてあるんですけれどねえ。呼んでくるから、待っててもらえますか」
入ってすぐの場所に応接セットがあり、そこで待つように言われた。
座って待つのは憚られ、西山さんを窺うと頷かれた。
立っていようという目配せだと理解し、応接セットの横で立ったまま待たせてもらった。