恋人のフリはもう嫌です

 人の良さそうな年配の男性が「座ってくださいよ。律儀だなあ。キタガワさんは」と、声をかけながら歩み寄ってきた。

 社長とも自己紹介を済ませ、応接セットに腰を落ち着かせる。

「さっそくですが。先行して買わせていただいた御社の製品、とても性能が素晴らしく、是非とも我が社に設置したいと考えています」

 先行して製品を買っているとは、知らなかった。
 味方の手の内を知らなくて、私は力になれるだろうかと心配になる。

「それは良かった。追加で9台を納品、という段取りでよろしいですか」

「それが、自社ビルは10階建てでして。欲を言えば、ワンフロアに2台の計20台。最初の製品を抜いた19台を、お願いできたらと思っております」

 注文が増え、喜ばれると思いきや、松本社長は渋い顔をする。

「森くんにも言ったが、うちの会社は小規模だからねえ。たくさんの納品は難しくて。私の代で、会社も閉めようと思っているし」

 これは一大事だ。
 話がスムーズに進んでいると思ったのに、急に暗転した気分になる。
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