恋人のフリはもう嫌です

「臓器売買は違法だけれどね」

 西山さんは冷めた口調で付け加えてから、私に言った。

「ごめん。断っていたつもりだったけれど、伝わっていなかったようだ。まさか千穂ちゃんの方に行くほどだとは、思っていなくて」

 背中を預けていた体に腕を回され、声が裏返る。

「あのっ。ここ、会社の真ん前」

「こんな時まで真面目」

 笑いを滲ませた声を聞き、不服が漏れる。

「ご自身の人気ぶりを、低く見積っておられるのではないですか」

 私は、彼の腕の中から抜け出して歩き出す。

「興味ないよ。そんなの」

 ああ、またモテ男の余裕。

「ただひとりに振り向いてもらえれば、それで」

 寂しくなるような声色を聞き、思わず振り返りそうになる。
 馬鹿! 今、振り返ったら自分のことを言われたと勘違いしてる女みたいじゃない。

「千穂ちゃん?」

「はい。なんでしょう」

「送りたいから、並んで歩かない?」

「送っていただかなくても」

「千穂ちゃん」

 腕を引かれ、無理やり振り向かされる。
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