恋人のフリはもう嫌です

「心配だから、これから毎日送迎させてくれない?」

「はい?」

 素っ頓狂な声を上げ、彼を見上げてみても彼は真剣な表情を崩さない。

「大丈夫だって思えるまで。なんなら、しばらく俺の家に住んでくれても構わないから」

 心配そうな声色も、甘い囁きも、私には真っ直ぐ届かなくて、顔は下を向く。

「泊まっていいって、口だけのくせに」

 彼は頬に手の甲を当て、私の顔にかかる髪を後ろに流しながら頬を撫でた。
 慌てて顔背け、もう一度髪を顔に巻きつけても、「真っ赤」という声が聞こえた。

「どうしてくれるんですか。かわいくない内容を口に出すと、こうなってしまいます」

 彼の呪いは強大で「文句が言いたくなったら、思い出して」の言葉通り、彼とのキスが鮮明に蘇って顔が熱くなる。

「誰かの前で、言おうとしたの?」

 心配そうな彼に、心配のベクトルの向きが間違っています! と、クレームをつけたくなる。
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