恋人のフリはもう嫌です

「良かった〜。遠目で見ていただけの、記憶頼りだったから」

 彼は顔を緩ませると、人懐っこい笑顔をこぼした。
 警戒心を解かれそうになり、鞄の紐をグッと握りしめて質問する。

「どこかで、お会いしましたか?」

「あ、すみません。俺、松本 一翔 (まつもと かずと) です」

 松本 一翔。
 自分の記憶を遡って、目の前でニコニコしている彼を思い出そうと頭を捻る。

「先日、うちの会社に、説明に来てくれましたよね? その時にお見かけして、お話してみたくて」

 急激に自分の記憶と、知識が一致した。

「松本さん、すみません。すぐに気づかなくて。あの、名刺」

 急いで鞄から名刺を出そうとすると、それを制止された。

「いえ、今日は、そういうのやめましょうよ」

 屈託ない笑顔を向けられ、こちらまで気持ちが軽くなる。

 彼は、わざわざ訪問した理由を話した。
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