恋人のフリはもう嫌です

 そして、咎めるように言う。

「経験してみたいという興味本位な気持ちだとしたら、俺はやめておきな」

 思わぬ忠告に、首を強く横に振った。

 私がどんな気持ちでいるのか、彼は知る由もないけれど、あまりの言われ方に唇をわななかせた。

「西山さんだから」

「え?」

 彼の胸元をたたいて訴える。

「西山さんだからに、決まっているじゃないですか」

「この状況で、それを言うのは反則でしょう」

 彼は私の手首を掴んで、私の動きを封じた。

 一瞬、切なそうな顔と目が合うと、その目は伏せられ、私の指先にキスを落とす。

 それは愛おしいものに触れていると、勘違いしてしまいそうな優しいキス。

「あ、あの。西山さん」

「ん?」

「演技は嫌です」

「演技?」

「こんな時まで恋人役は、もう嫌です」
< 163 / 228 >

この作品をシェア

pagetop