恋人のフリはもう嫌です
「私がいつも目で追っていたのは、健太郎さんの隣にいた方です」
「は」
短い声を彼の背中越しに感じながら、私は続けた。
「でも、真っ直ぐに見つめる勇気がなくて。健太郎さんを見る、視界の端に映すのが精一杯で」
「ハハ。それは、ものすごく愛されているね。そいつ」
「そうですよ。それなのに、その人から健太郎が好きなの? ってからかわれて、それなら俺の恋人役にならないかって誘われて」
「うん」
「失恋決定じゃないですか。でも傍にいられるならって」
黙ってしまった彼に不安になって「呆れました?」と呟いた。
すると、彼は体をゆっくりとこちらに向け、再び私を見つめた。
「俺、とんだチキン野郎じゃないか」
失笑を交えて言う彼の真意が掴めなくて、彼の言葉を待つ。
「俺は千穂ちゃんが健太郎を好きでも、俺の傍にいさせる理由を探した」
自分に都合のいい夢を見ているようで、彼をまじまじと見つめた。
「冗談に決まっているだろ」って言い出さないかなって、心のどこかで思いながら。
けれど、そんな台詞はとうとう聞かなかった。