恋人のフリはもう嫌です

「私がいつも目で追っていたのは、健太郎さんの隣にいた方です」

「は」

 短い声を彼の背中越しに感じながら、私は続けた。

「でも、真っ直ぐに見つめる勇気がなくて。健太郎さんを見る、視界の端に映すのが精一杯で」

「ハハ。それは、ものすごく愛されているね。そいつ」

「そうですよ。それなのに、その人から健太郎が好きなの? ってからかわれて、それなら俺の恋人役にならないかって誘われて」

「うん」

「失恋決定じゃないですか。でも傍にいられるならって」

 黙ってしまった彼に不安になって「呆れました?」と呟いた。

 すると、彼は体をゆっくりとこちらに向け、再び私を見つめた。

「俺、とんだチキン野郎じゃないか」

 失笑を交えて言う彼の真意が掴めなくて、彼の言葉を待つ。

「俺は千穂ちゃんが健太郎を好きでも、俺の傍にいさせる理由を探した」

 自分に都合のいい夢を見ているようで、彼をまじまじと見つめた。

「冗談に決まっているだろ」って言い出さないかなって、心のどこかで思いながら。
 けれど、そんな台詞はとうとう聞かなかった。
< 165 / 228 >

この作品をシェア

pagetop