恋人のフリはもう嫌です

 けしかけるような誘いにも、彼女は首を横に振る。
 この手には乗らないようだ。

「だって、前」

 なにかを思い出したのか、彼女は頬を紅潮させて、胸に顔をうずめた。

「なに?」

「教えない」

 拗ねたような声が胸を疼かせ、体へのキスを再開させる。
 身動ぐ彼女が「だって、健太郎さん」と完全に忘れていた人物の名前を口にした。

「いるの? 聞かせてやればいい」

「だ、ダメですよ」

 冗談にも、真面目に答える彼女に苦笑する。

 聞かせたりしたら、半殺しだろうな。
 いや、既に殺されるか。

 視線を足元に向けても、男物の靴は見当たらない。
 不可解な状況の答えを、彼女がくれた。
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