恋人のフリはもう嫌です
彼は私の訴えに妖しく目を細め、「千穂ちゃんからキス、してくれたらね」と言った。
一瞬、躊躇しつつも、唇をかすめ取ると、鼻先で笑われた。
「こんなのでいいの?」
意味を聞く前に彼は唇を重ね、その隙間から侵食していく。
キスだけで意識が朦朧として、彼にしなだれかかった。
「で、なんて連絡すればいい?」
律儀な彼はスマホを取り出して、あろうことか電話をかけ始めた。
メールでひと言、なにか送るだけのつもりだったのに。
電話口からは、健太郎さんの怪訝な声が聞こえた。
「なに」
「なに、はこっちの台詞」
「ん? ああ、連絡してと言ったか。千穂ちゃんからの連絡がほしかったな」
漏れ聞こえる内容に西山さんと目を合わせると、そのままスマホを私に向けられた。