恋人のフリはもう嫌です

「健太郎のこと、黙っているからさ」

 彼は、軽やかに私の前に手を差し出した。

 だから違うと言っているのに、訂正したところで聞き入れてもらえそうにない。

「よろしく。俺の愛しい人」

 私は片眉を上げ、頬を引きつらせながらその手に応じた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。恋人役さま」

 差し出された手をパチンとはたくと、口の端を片方だけ上げた彼が私の手を捕まえて、あろうことか手の甲にキスを落とした。

 ヒッと心の中で悲鳴を上げ、彼には動揺を悟られないように素早く振り払う。

「やめてください」

「あれ、千穂ちゃん。こいつと仲良くなったの?」

 別の人の声が聞こえ、肩を揺らした。

 どうして、こうも間が悪いところに!

 声を掛けてきたのは、話題に上がっていた健太郎さん。

 親しげに西山さんの肩に手を当てながら、健太郎さんは彼の隣の席に腰を下ろした。
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