恋人のフリはもう嫌です
「こいつはやめておきなよ」
ご忠告を受けなくとも、重々承知しております。
そう心の中で返答しつつ、健太郎さんの優しい眼差しから目を逸らす。
健太郎さんから私へと、意味深に視線を移した西山さんがあることないこと言いそうで、余計な発言は控えようと口を噤む。
それなのに、当の西山さんは飄々と言う。
「今、付き合おうって口説いているところ」
「はい? なにを言って」
脅しているの間違いでしょう。という言葉は口に出せない。
もし言ってしまったら、この場で健太郎さんに私が秘めた想いがあるらしいだとか適当な情報を伝えそうだ。
彼なら、やり兼ねない。
健太郎さんは驚いた様子で目を丸くして、異論を唱えた。
「おいおい。千穂ちゃんはお前みたいな軽薄な男になびいたりしないぞ。ね、千穂ちゃん」
「えっと、それは」
返答に困っていると、カウンターの下で手を握られ胸がギュッと縮んだ。
それは健太郎さんから、ちょうど見えない位置。
その手は歓迎会がお開きになるまで、ずっと掴まれたままだった。