恋人のフリはもう嫌です
松本さんとお会いしたあと、どういう顔をして透哉さんと会えばいいのかわからずに、自宅に戻った。
どうして私の口は、こうも肝心な時にだんまりを決め込むのだろう。
インターホンの音に気づき、目を開ける。
知らぬ間に眠っていたみたいで、慌てて起き上がる。
小さな画面に映っている人を見て、どうしようかと迷いつつも「はい」と返事をした。
「千穂ちゃん?」
「はい」
立っていたのは透哉さんで、私は未だにどんな顔で会えばいいのか決めかねていた。
「おいしいケーキ買ってきたんだ」
彼は画面にケーキの箱が見えるように、片手を上げた。
ご丁寧に、私が好きなお店のロゴまで見える。
「ケーキで誤魔化されると思わないでください」
こういう時だけいつもの調子が出て、彼を笑わせた。
「誤魔化されなくてもいいから、上がってもいい?」
「突き返してもいいんですか」
「いや。できれば受け取ってよ」