恋人のフリはもう嫌です

 もう一度インターホンが鳴り、玄関の扉を開錠する。

「いらっしゃいませ」

 ぎこちなく挨拶をすると、彼は笑った。

「お邪魔します」

「邪魔するなら帰ってください」

 彼をまともに見られずに、部屋の奥へと歩き出した私の腕は彼に掴まれた。
 そのまま引き寄せられ、彼に抱きしめられる。

「千穂ちゃん」

 囁いた彼は私の頬にキスをして「おかえり」と言った。

「ここは私の家です」

「ハハ。違いない」

 楽しそうな彼が解せないけれど、彼の温もりに懐柔されそうになって、ギュッと彼の胸に顔をうずめた。

 ケーキを食べ、部屋でくつろぐ彼は悔しいくらいにいつも通りで、言うつもりのなかった言葉をこぼれさせた。

「松本さんに、プロポーズされました」

 彼は驚きもせずに「そう」とだけ言った。
< 208 / 228 >

この作品をシェア

pagetop