恋人のフリはもう嫌です
もう一度インターホンが鳴り、玄関の扉を開錠する。
「いらっしゃいませ」
ぎこちなく挨拶をすると、彼は笑った。
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰ってください」
彼をまともに見られずに、部屋の奥へと歩き出した私の腕は彼に掴まれた。
そのまま引き寄せられ、彼に抱きしめられる。
「千穂ちゃん」
囁いた彼は私の頬にキスをして「おかえり」と言った。
「ここは私の家です」
「ハハ。違いない」
楽しそうな彼が解せないけれど、彼の温もりに懐柔されそうになって、ギュッと彼の胸に顔をうずめた。
ケーキを食べ、部屋でくつろぐ彼は悔しいくらいにいつも通りで、言うつもりのなかった言葉をこぼれさせた。
「松本さんに、プロポーズされました」
彼は驚きもせずに「そう」とだけ言った。