恋人のフリはもう嫌です
崖から突き落とす気ですか
崖から突き落とす気ですか
キスしたくらいでなにか変わるのなら、世の女性たちはきっと私が追いつけないくらい美しい美術彫刻になっている、はず。
私だってキスのひとつやふたつ、経験がないわけではないし。
自分の中で言い訳をしているのは、どことなく浮き足立ってしまうから。
だって、相手は『あの』西山さんで。
重ねただけのキスだとしても、どういう顔をして彼と話せばいいのか。
「おはよう」
「おは、ようございます」
ヤダ! 西山さん!
自社ビルが見えてきた歩道で声をかけられ、声が裏返る。
清々しい朝に、彼の色気は似合わない。
だいたい考えていた人物に会うだなんて、どういう神様の采配。
今日も聴き心地のいい声にうっとりと聞き惚れてしまいそうになり、動揺を悟られないようにいつも通りを装う。