恋人のフリはもう嫌です

 そんな彼のすぐ近くに、小さな子どもがお母さんといて、お菓子を選んでいるみたいだった。

「ママ! たっくん、コレ!」

「え?」

 たっくんが、ズボンを引っ張った相手はまさかの西山さん。

 たっくんは一瞬固まった後、正しいお母さんの脚の後ろに隠れてしまった。
 お母さんは西山さんのスラックスによく似た、黒いズボンを履いていた。

「間違えてしまったみたいで。すみません」

 お母さんが恥ずかしそうに謝って、そそくさとその場を立ち去った。

 親子が去った後、西山さんは安堵の声を漏らす。

「良かったよ。泣かれなくて。俺、子どもから見ると怖いみたいで、よく泣かれるんだ」

 ママだと思った相手が長身の男性だったら、それは驚くだろう。

 でも、なによりも最初に『泣かれなくて良かった』と、安堵する彼の姿は、私が思い描いていた彼だった。

 歓迎会で「子ども嫌いだから」という姿でもなく、女性からのアプローチを「いい加減、疲れるんだよね」と毒づく姿でもない。

 優しくて思いやりあふれる姿。
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