恋人のフリはもう嫌です
その距離はどんどん詰められ、近づいてくる彼に戸惑う。
思わず彼の胸に手を当て、押し返すように制止する。
「あの、近い、です」
「うん。キスしようと思って」
当たり前のように言われ、顔を俯かせる。
「嫌?」
「嫌では、ないです」
思わぬ本音がこぼれ、彼を笑わせる。
「それなら顔上げて」
そっと顎に手を添えられ、顔を持ち上げられる。
優しく唇が重ねられると、一度離され、再び重ねられた。
何度か角度を変え、重ねた唇。
重ねられる度に、胸が締め付けられる。
何度目かでやっと解放され、彼の胸元に不時着した。
頭がぼんやりして、顔が熱い。
体に腕を回され、抱き寄せられた頭上で彼は呟くように囁いた。
「明日も仕事だ。今日はもう送るよ」
「でも」
反論しようとした言葉は、続けられなかった。
有無を言わせない彼の雰囲気に気圧されて、口を噤む。
「帰る前にお手洗い、済ませて来たら」
ここで「帰りたくないです」とかわいらしい声で甘えられるくらいの技量が、自分に備わっていれば。
肝心なところで口はだんまりを決め込み、彼の意向に従った。