【完】言えなかった、”〇〇〇〇〇”
「んー…――ふぅ。凄かったね、演劇」

 発表が終わり、美希は大きく伸びをして二人に言った。
 衝撃を受けたのは知音も同じだったらしく、二人揃って「うん!」と同意。たっぷりの満足感を胸に興奮冷めやらぬ美希は、たった今まで観ていた舞台で印象的だった台詞を復唱した。

「中盤じゃん、それ。よく覚えてたわね」

「まぁね。あの村人の役、近所の友達で。たまーに台詞の練習に付き合わされてたんだ」

「なるほど、それで印象的なシーンってわけなのね」

「そういうこと。まぁ、そうじゃなくても感動的よね。ずっと思い続けてた人が他の子とデキてそうで、でも諦めきれないから友人に相談するって、なんか良くない?」

 両手をぶん回して力説する美希。
 流石の二人も、美希の熱に完全に気圧されていた。

「そういうの好きよね、みっきー。何で文芸部入らないのって思うくらい、昔は自分でお話も書いてたし」

「あーそれ私も思った。何で入らなかったの?」

 知音、汐里が続けて聞くと、美希はやや躊躇って頬を染めて、恥ずかしいからと言った。
 この学校における文芸部では、割と本気で物語の作成に力を注いで、出来の良い物はコンテストにも応募している。過去に、先輩がそれで見事作家デビューを果たしたという実績もある程だ。

 趣味ではあるが物書きとして、美希もその情報は当然持っていた。だから一度は入ろうとも考えたのだが、いざその先輩の作品を読んでみると、あまりの力量の差に尻込みして、入る気が失せてしまったのだそうだ。
 そんな美希の言い分に汐里は、まだ楽し気に文字を綴っていた頃の物を読んだことのある身としては、チャレンジする価値は十二分にあったのにと思ってしまった。
 正直なことを言えば、その文才に嫉妬すらしていた。勿論、良い意味で。

「文字での商業を目指すなら、やっぱりあのくらいの才能がなきゃダメなのよ。それを思い知ったから、遠慮した。だから私からすれば、しおは凄いなって思う」

「そんなこと――またいつか、美希の書いたお話も読みたいな」

「いつか、ね。しばらくは書かないよー」

「えー、ケチ」

 汐里が口を尖らせて肩を軽く叩こうとすると、美希はひらりと躱して、べっと舌を出して煽る。その様子を見て呆れる知音――と、いつもの三人が織りなす空間では、いつも通りの光景が戻っていた。
 それを人知れず温かく見守る琢磨は、何とかなっているらしいと胸を撫でおろすばかりであった。
 それからは、残り時間はどこを回ろうという話になった。しかし、幾つか候補は出し合ったものの、結論は美希の提案で、どこかでゆっくりしようと落ち着いた。
 演劇観覧中ずっと座り通しだったことで身体も固まっているからと、少し歩いてほぐしながら、良い場所を見つけようという運びに。

 先導は美希。言い出しっぺだからね、と、意気揚々と歩いていく。

「一年も気合入ってるね。これとか凄い、三年に負けてないんじゃない?」

 美希が指さしたのは、一年は三組四組合作の『本格お化け屋敷』なる催しだった。
 階段を跨ぐ二クラスが、その階段すらもセットの一部として取り入れている、文字通りの力作である。

 尚、反対側の廊下端にある階段は通常故、ただ上の階に行きたい人はそちらを通ってくれという注意書きがあった。しかし、物見遊山にわざわざお化け屋敷を抜けて行かんとする生徒が多い為、長蛇の列が出来てしまっている。中、及び廊下、上の階からは、絶え間ない悲鳴が届いていた。
 入口傍らに設けられたいかにもなポストには、解説書なるものまで置いてある。

「自由に取って良いんだって。ちょっと興味ない?」

「あるにはあるけど……何だかやばそうじゃない? ほら、ここ、美大生協力の元って書いてあるよ」

「それは行かなきゃだよね、しお?」

 にやりと嫌な笑みを浮かべる知音。隣では美希も強く頷いている。
 そう。この二人、自身は大が付く程の好物で、且つ汐里が大のホラー嫌いであることを知っているのだ。

『心拍数上がり過ぎじゃないか?』

「ほ、ほっといて…! 仕方ないじゃない、怖いものは怖いの!」

『開き直るなよ。それで、行くのか行かないのか?』

 琢磨の問いに、汐里は唇を強く噛んだ。
 結果、

「い、行く…! 流石に子どもじゃないんだから…!」

「「ほう?」」

 強がる表情の裏にある本心は、今や読み取れる琢磨だけでなく、二人にも容易に分かるくらい隠しきれていなかった。
 しまった。そう思った頃にはもう遅く、二人に手を引かれ、汐里は列へと並んでいた。
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