innocent
*
「いつも、悪いわね」
そうやって母は笑う。
笑うと言っても申し訳なさそうに笑うだけで、家にいた頃の母の笑いはこんな笑いじゃなかった。
「子ども、いるんだからさ。無理しないでよ」
「うふふ。随分と年が離れた兄弟になっちゃうわ。ごめんね」
「別に。」
ほんとは言うと、『兄弟』というものに憧れを持っていた。16年間一人っ子だった僕には、友達の話を聞いて兄弟の知識をつけるしかなかった。
弟や妹がいれば
上が欲しいと言う。
姉や兄がいれば
下が欲しいと言う。
上にも下にもいれば、煩わしそうに一蹴する。だけどそんな姿は、僕には好きで好きでしょうがない、という風に感じた。
兄弟がいないからだろうか。一人っ子の僕には、羨ましくてしょうがない「想い」だった。
「もう少しで産まれそうなの。ほら、時々中でトントン、ってするの。」
「でもさ、歳考えて気を付けないと。よくもまぁ、16年もたって…まぁ、頑張ったよね」
「うるさいわね!私まだまだ若いの。これでもまだ36だっての!」
「はいはい。わかってるから。じゃあ行くね」
「えぇ」
「くれぐれも病院では安静にね、母さん」
「わかってるわよ」