転生人魚姫はごはんが食べたい!
「やっと言える。あの日助けてくれたこと、本当に感謝してるんだ。ありがとう」

 私にとって人間を助けることは自己満足。感謝されたくてやっていることではなく、目の前で助けを求める人がいれば助けるという感覚であり、これほどまでに熱烈に感謝を告げられたことはない。そうなれば自然と湧きあがるのは羞恥だった。

「わ、私は別に、特別なことをしたつもりはないわ。目の前で困っている人がいれば助けるのは当然のことよ」

「やっぱり、優しいんだな」

 彼が歯を見せて笑うと眩しいほどで。それはそれは美しく、あるいは格好良く……

「ちょ、ちょっと!」

 ここへやってきた使命も忘れて見惚れてしまった自分が恥ずかしい。というか、普通に恥ずかしい状況であることを思い出した。慌てて距離を取るべく後ろへ下がるのだが、何故か彼も水音を立てながら追ってくる。人魚ではないため水の抵抗を受け、動き辛そうだ。

「ひいっ! ま、待ちなさい! こっちに来ないで――って、なんで来るのよ!?」

「待ってくれ! 頼むから、逃げないでくれ!」

「待っても頼むも私の台詞よ!? 追いかけてこないで! 待って待って、待て! 人間の癖に言葉が通じないの!? 待て! ステイ!?」

 そういえば子どものころは犬を飼っていたなと唐突に思い出す。もちろん前世での話だけれど。
 岩陰に隠れ、手をかざして叫べば彼も動きを止めてくれた。というより私が動きを止めたから、でしょうね。
 その隙に素早く岩陰に回り込み、岩を盾に身を守る。犬じゃあるまいし、これはなかったと後で反省もしたけれど、それくらい動揺していたのよ。そしてそうさせたのは貴方の責任です!
 なんなのこの人は! 初対面の女性にいきなり抱きつくなんて! 犯罪……よね? この世界の法律は詳しく知らないけれど、そんなこと関係ないわ! いくら格好良くったって許されないんですからね!

 嵐に翻弄され無人島に漂着した人間を前に、有利な交渉を持ちかけたはずだった。それなのに……突然の抱擁に、早くも取り引き相手を間違えたかもしれないと頭を悩ませる私がいた。
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