転生人魚姫はごはんが食べたい!
「あー……すまん。我を忘れた」

 あれから一悶着あってのこと。ようやく私に逃げ出すつもりなないことを理解してくれようで、再会を名残惜しそうにしているところをなんとか浜までお引き取りいただいた。
 そうして私が混乱しているうちに彼も自らの仲間に事情を説明し、ようやく話を終えたところで飛び出したのがこの台詞だ。

「そ、そうね。私も、見苦しいところを見せたわ……」

 おかげで交渉前に気まずい空気が漂っているじゃない! どうしてくれるのよ!

「交渉の話だけど!」

 私は半ば自棄になって叫んだ。当初の目的を忘れられては困る。

「ああ、了解した。交渉なら俺が話を聞かせてもらう」

 やはり私の交渉相手は先ほど不埒な真似を働いた彼だった。お前かよと危うくツッコミそうになったけれどここは我慢。

「俺の名はラージェス。この船の責任者ってところだ。その、色々と無礼を働いて申し訳なかった。話を聞かせてもらえると助かる」

 その言葉に偽りはないようで、交渉役を引き受けてくれたことに船員たちは安堵している。おそらくみな自分には荷が重いと感じていたのだろう。彼への信頼と、彼自身の頼もしさが垣間見えた。
 前代未聞の交渉だ。それを最高責任者であると真っ先に名乗りを上げる姿には好感が持てる。見た目の印象は、正直に言って軽薄そうな海の男という印象だったけれど……早急に訂正と謝罪を送っておいた。

「改めまして、ラージェス様。私は海の王の娘、エスティーナと申しますわ。正当なる王女として、私の発言は王の意向でもあることを申し上げておきます」

 私は王の名代、代弁者。私が発案者という立場もあり、陛下には私に行かせてほしいとお願いしている。

「嵐に遭遇し船を失った方々、私たちが助けて差し上げますわ」

「随分とお優しい提案だな。早速そっちの条件を聞かせてもらおうか」

 ふうん。この人……この状況に差し伸べられた救いの手、有り難くないわけがないでしょうに……。これは気を引き締めて交渉に当たる必要があるわね。

 彼はすぐに助かるや、有り難い等の言葉を発しなかった。あくまでも交渉、立場は同じ。自分たちは弱者ではないという威圧感を放っている。聡明な相手であることは頼もしいけれど、頭が切れすぎるとなれば厄介だ。
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