転生人魚姫はごはんが食べたい!
ある占い師の後悔
 これは愚かな人魚の独り言。

 人を愛することも、永遠を失うことの意味も、何一つ正しく理解していなかった私の秘め事。誰にも明かすつもりのない心。
 愚かな女の話でも良いとおっしゃって下さるのなら、ぜひ聞いていってくださいな。


 私には愛する人がいたの。その人のためなら何を失っても構わないと本気で思えた人が。
 反対する周囲を押し切って人間になり、私は彼と結婚したわ。愛した人との間に子どもが生まれて、私に似ていると言われた時は天にも昇る心地だった。

 けれどある時、それは私の身勝手かもしれないと思ってしまったの。
 きっかけは……さあ。なんだったかしら。他愛のない会話の、なんでもない一言だったかもしれないわ。私はふと考えてしまったのよ。

 あの人が愛してくれたのは人魚の私かもしれない――

 愛していると言ってくれた。美しいと言ってくれた。それは老いることのない身体を持っていた私なのではない? 人とは違うところが良かったのではないかしら……

 今の私はあなたの瞳にどう映っている?

 それからは鏡を覗くことが怖くなってしまったの。もしも映っているのが老いた自分だったら……想像しただけでも怖ろしいじゃない? それに、今日は良かったとしても明日は?

 そばであの子が泣いていた。私の大切な子。子どもの成長は早いのね。生まれたばかりの頃は泣くことしか出来なかったのというのに、みるみる成長していくのよ。人間の成長は早いと思い知らされたわ。

 私は何もわかっていなかった。永遠を手放すことの意味を!

 愛していると言ってくれた人の目をまっすぐに見ることが出来なくなった。愛していたはずの我が子に触れることも怖かった。

 あの子が三歳になった頃、私は二人を置き去りに姿を消した。
 ええ、逃げたのよ。老いていく自分の姿を見られたくはなかったの。幻滅されることが怖かった。この以上長く留まっていたら、愛しているはずの我が子さえ恨んでしまいそうで、自分が怖ろしかった。

 人間の世界に居場所を失った私は数年ぶりに海の国に戻ったわ。そこでも誰かの視線に晒されることは怖かったけれどね。女神様を裏切ってまで愛を選んでおきながら、みっともなく逃げ帰った姿を晒せないでしょう?
 私は海深くの住みかに移ったわ。誰にも見つからないように、たとえ見つかったとしても闇に姿を隠せるようにね。

 いつしか私は海の魔女と呼ばれるようになっていた。獰猛な生き物を従え、怪しげな薬を作っているんですってね。そんな噂が回り巡って私の耳にまで届くのは早かったわ。間違ってもいないし、特に訂正することもないでしょう。

 それでいい。みんな私を怖れて近寄らないで。私は誰にもこの姿を見られたくないのよ!
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