転生人魚姫はごはんが食べたい!
 それでも私は今日、お嫁に行きます!

 長きに渡る説得を終え、いよいよ最後の挨拶を済ませた私は海の国に背を向けて泳ぎ始めていた。

 ……そうよ。どうせ自分で言っておきながら照れているわよ! こんな台詞、前世でも使ったことがないんだから!

 それにしても三日以内に間に合って本当に良かったと思う。説得が難航することは予め想定していたけれど、自分から宣言しておいて遅刻するなんて格好が付かないにもほどがある。
 ところがしばらく泳いだところで待ち構えていたのは二つ年下の妹、レイシーだった。

「エスティ姉さん……。本当に、行ってしまうの?」

 金の髪は不安げに舞い、瞳は潤んでいた。悲壮な面持ちの原因は、どう考えても今まさに海を去ろうとしている姉の存在だ。
 レイシーは最後までこの決定に反対していた。儚げな風貌のどこにそんな力が隠されているのか、父よりも説得に難航した相手だ。

「可哀想なエスティ姉さん。人間と結婚なんて、人間になれだなんてあんまりよ。姉さんは本当にそれでいいの!?」

 レイシーだけじゃない。姉たちから、友人から、たくさん同じ事を言われた。一応許可が下りたとはいえ笑顔で送り出されるとは思っていない。だからこそ見送りは不要だと伝えていた。

「ありがとう。私のこと、心配してくれたのね」

「当たり前じゃない! 大切な姉さんなのよ。それなのにどうして……姉さんまでいなくなってしまうの!?」

 納得はするけれど、心ではまだ認められていないというのが本音だ。

「レイシー、私は可哀想じゃないわ。これは私が自分で決めたことですもの」

「でも……」

「みんなには、私の我が儘を聞いてもらって感謝しているわ。そんなに心配しなくたっていつでも会えるのよ? 自由に里帰りしても構わないって、ラージェス様は許可してくれたもの」

 それは船が到着するまでに決めた私たちのルール。お互いの取引条件が正しく機能していることを確認するため、私の里帰りは自由に認められることになっている。

「けどエスティ姉さんは……姉さんはもう私たちとずっと一緒にはいられない! 私、何度も聞かされたわ。一度でも人間になってしまったら、私たちも人間のように死んでしまうって!」
 
 私たちが人間になることで失うもの。それは永遠にも等しい時間。人魚の寿命は怖ろしく長く、尽きることはない。ただし死なないというわけではなく、身体の強度は人間と同じだ。怪我をすることもあれば、何かにぶつかると普通に痛い。

 人魚と人間。二つの種族はとてもよく似ているが、それは遠い昔、同じ存在であったからだと海の世界には語り継がれている。
< 18 / 132 >

この作品をシェア

pagetop