転生人魚姫はごはんが食べたい！

　かつてこの海を治めていた女神は何よりも孤独を怖れていた。
　一人でいることを嫌い、孤独をまぎらわせるために歌い、いつしか彼女を中心に一つの国が生まれた。
　けれど長い年月を同じ場所で過ごすうち、外の世界に憧れる者が表れる。当然女神は海に留まることを望み、そばにいてくれるのなら特別な力を授けるとまで言った。
　それでも一部の者たちは女神の意思に反して国を去る。怒り、悲しみ嘆く女神は留まることを選んだ者たちに、自らが寂しくないよう永遠の命と海の世界で自由に泳ぎ回れる身体を授けた。

　だから女神様は私たちが一度でも人の姿を取ることを激しく嫌う。自身を裏切った人間と同じ姿をとることさえ許さない。すぐさま永遠の命は不要とみなし、人間と同じ寿命にされてしまうのだ。
　私たちはみな、幼い頃から同じ話を聞かされて育つ。女神の庇護を離れ国を去った者たちこそが、この世界の人間なのだと教えられた。
　私にしてみれば随分と壮大なおとぎ話という感覚だけれど、人魚たちはそれを真実として受け入れている。まあ、その話が本当だからこそ、一度でも人間の姿になってしまった人魚は永遠の命を失うんだけどね。
　だからこそレイシーは考え直してほしいと訴えかけている。最後には顔を被って泣き出してしまった。

「まだ間に合うから、だから！」

　私だって妹の泣き顔には弱いのよ。これが最後のチャンスだとわかっているからこその、なりふり構わない精神攻撃ね。

「すぐにといっても数十年はあると思うわ。人間だって長生きなんだから。えっと……六十年くらい、とか？」

　この世界の平均寿命って、いくつなのかしら。前世より少し低めに見積もってはみたけれど。

「そんなのすぐじゃない！」

　人魚換算だと六十年はすぐらしいですよ……

「確かに永遠に比べたらほんの一瞬かもしれないけれど、限りあるものも素敵だと私は思うわ」

　きっとこの先も、仲間たちに理解されることはないだろう。家族も、友人も、この海の世界では普通に受け入れているけれど、前世の私は平凡な人間だ。
　つまり寿命はあって当たり前！　むしろ永遠に終わらないってどうなのかしら？
　魅力的ではあるけれど、人間としての生を謳歌した私にとっては想像も出来ない尺度よね。