転生人魚姫はごはんが食べたい!
 なんて贅沢だろう。もちろん最初はそう思った。けれど私は首を振る。一人でホールケーキを食べるのも夢ではあるけれど、それよりもみんなで味わった方が美味しいに決まっているからだ。

「ありがとうございます。でも私の分は、お昼に食べたキッシュくらいの大きさだけ切り分けてもらえれば十分ですわ。残りはみなさんで分けて下さいね」

「いいのか?」

「私の歓迎をするためのものなら一緒に食べて下ほしいのです」

 城中を連れまわされて改めて感じたこと。旦那様は使用人たちからとても慕われているらしい。だからこそ彼らは無条件で私という存在を信じ、受け入れてくれる。そんな彼らに、イデットさんに、そしてニナにも食べてもらいたい。

「もちろん旦那様にもですからね?」

 私がお願いを付け加えると旦那様は少しだけ表情を強張らせた。

「甘い物は苦手なんだが、仕方ない。妻のためにも根性見せるとするか。お、そうだ! お前が食べさせてくれるってのはどうだ?」

「では旦那様の分は私が美味しくいただきますね」

 ここで照れる必要はない。そっと私の胃袋に収めてしまえば問題ないことだ。
 フォークを構える私の本気が伝わったのか、旦那様は掌を返し謝った。もちろん私も鬼ではありません。素直に謝る旦那様には大人しくケーキを渡します。

 だってとっても美味しいんですもの! 食べられないなんて悲しいわよね!

 柔らかなスポンジに、添えられたクリームは甘すぎない仕上がりだ。フルーツの甘酸っぱさとも調和がとれている。こっそり齧らせてもらったプレートは甘いチョコレートだ。

 ああ、人間て幸せ……

 舌の上でとろけるカカオの風味に、スイーツも美味しい世界に転生できたことを改めて喜んだ。


「はあ、夕食も美味しかったですわね」
 
 うっとりと、私はつい先ほどまで浸っていた幸せに思いを馳せる。

「そいつは何よりだ」
 
 現在私たちは軽口を叩き合いながら階段を昇り、広く長い廊下を進んでいる。旦那様は軽快な足取りだというのに私は途中で力尽きないかが不安で仕方がない。

「みなさんのこと、紹介して下さってありがとうございます」

「いや。俺がお前のことを自慢したかったんだ」
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