転生人魚姫はごはんが食べたい!
 私を捕らえようとしたって無駄よ。いざとなれば――

 何をするつもりかと挙動を観察していると、彼は私の腕を掴んで自らに引き寄せる。
 私は悲鳴を上げる間もなく体制を崩し、あっけなく前のめりに倒れていた。
 岩から滑り落ち、その先には白いシャツが待ち受けている。そして静かな衝撃に僅かに目を瞑っていた。

「ふ――、え?」

 二本の腕が私の身体を捕らえている。目の前の胸にぶつかった衝撃で口から零れたのは間抜けな呟きだ。
 そう、私は細身と称した人間によって抱きすくめられている。
 広げた両腕にすっぽりと身体を拘束されてはいるが、決して苦しくはない。けれど強い想いのこもった抱擁であることは相手の真剣な態度から伝わっていた。
 その点、私の腕は行き場を失くして彷徨っていることから、困惑しかないことがご理解いただけるだろうか。

「会いたかった」

 抱きしめたまま、耳元で囁かれた呟きはとても小さなものだった。けれど近さゆえに難なく音を拾うことが出来てしまう。会いたかったと告げる一言には深い感情が込められていた。
 けれどそんなこと、今の私にとってはまったく関係のないことだ。

「きゃああああああ――――!!」

 この人、誰!?

 私の悲鳴を合図に海は騒然とする。

「姫様を放せ人間! やはり裏切るのか!?」

「姫!? 姫様ご無事ですか!」

 無事だけれど心は大ダメージよ! 人間の、それも異性、男性に抱きしめられるなんて初めてなんだから!

 仲間たちは今にも襲い掛かる寸前の形相をしている。それでも直接の危害を加えられたわけではないからか、律儀に私の言いつけを守ろうとしてくれた。
 私の一世一代の悲鳴には、おそらくその場にいた全員が驚いたことでしょう。さすがに耳元で叫べば彼にも様子がおかしいことが伝わったようで、顔を上げてくれて何よりだ。やり場のなさにあたふたと彷徨う私の二本の腕。どこから出たのかと自分の声量に驚かされるほどのあられもない悲鳴。どう見積もっても混乱しているだろう。

「なっ、なっ! なななっ、何っ!?」

 何してくれるのよ、この人はっ!! ああもうこの格好、絶対首まで真っ赤になっているのが丸見えじゃない!

 胸しか隠れていないこの人魚スタイル、特に不便は感じていなかったけれど初めて仇になった。
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