転生人魚姫はごはんが食べたい!
 そうして私が激しく狼狽えていると、ようやく彼が離れていく。しかし解放のためではなく、今度は私の肩を掴んで真正面から見つめ始めてきた。

 ちょっとー!?

「やっと会えた」

「は!?」

「俺だ、俺だよ!」

「詐欺なの!?」

 俺俺と名のってくる人は詐欺だと前世で注意喚起されていた。条件反射でツッコミたくなるのも仕方がないことだ。

「なあ俺だ、ラージェスだ!」

 ああそう、ラージェス様……だから誰!? 私、この世界に人間の友達なんていないわよ!?

「あの日、嵐の海で、俺のことを助けてくれただろ! ずっと感謝していた」

 それはまるで大切な思い出のように語られていく。私は薄く笑みを浮かべることで彼の視線に応え、そしてしばらくの間をいただいた。

「………………」

 だらだらと汗が伝っていく。

 どうしましょう。もの凄く感激してくれているみたいだし、感極まっているし、たぶん感動的な再会の場面なのでしょうけれど……まったく心当たりがないわっ!

 正確には心当たりはある。それもたくさん。この場合、たくさんありすぎることが問題だ。

「俺が幼い頃、酷い嵐が船を襲った」

 私が記憶をひっくり返しているうちに回想が始まった模様。正直、詳細を説明してくれるのは有り難いので大人しく聴き入ることにした。

「船は強い風に煽られ、波に翻弄され転覆する寸前だった。幼い俺には大した力もなく、あっけなく船から投げ出されてしまった。そこで溺れる俺を助け、岸まで運んでくれたのがお前だ。あの時から俺は――」

「そ、そう……そうだったの……。えっと、その後、お元気そうで何よりね」

 仮にも交渉相手。これは相手に恩を売るチャンス。いい感じに話を合わせるべきなのでしょうけれど、ここまで純粋に感謝を示されると覚えていないことを申し訳なく感じるレベルよ。

 その躊躇いが私の頬を引きつらせ、瞳に困惑を浮かべてしまった。

「わからない……いや……覚えていない?」

 私の戸惑いを探り当てた彼は目に見えて落ち込んでいる。それだけなら可愛気もあるけれど、私の顔を覗きこもうとするのは止めなさい?

「俺のこと、覚えてないのか……?」

 自信たっぷりに話ていた口調から一転、不安そうに訊ねられる。その悲しげな眼差しは確実に私の良心を抉っていった。
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