極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
「聞いておけばよかった……」
ひとり嘆いてから、仕方なく歩き出す。
ここまで来たんだし、とりあえずトライするだけしてみよう。無理なら無理で諦めて帰ろう。
おばあちゃんがガッカリするところは見たくないけれど、これ以外方法がないのだから仕方ない。
背筋がピンと伸びたスーツ姿の男性や女性が出入りする自動ドアに足を踏み入れる。
大きな会社だから、社員同士でも部署が違えば顔を把握していないのだろう。部外者の私が建物内にいても誰も気にする様子はなくて、そこにホッとする。
白いタイルの床には、市松模様の影が落ちている。不思議に思い見上げれば、南側の高い位置にある窓に市松模様の入った木製のパネルがあり、そこから影が落ちているようだった。
普通だったら間仕切りにでも使いそうなものを高い位置にはめて影を楽しむなんてすごいな……と感心しながら受付に向かう。
ふたりいる受付の女性は、私とそう歳が変わらなそうだった。ふたりとも、同じ制服に身を包み、同じスカーフを首に巻いている。
右側の方が電話をとっていたので、左側の方に「あの」と話しかけると、にっこりと笑顔を返された。
「はい。ご用件承ります」
黒髪ストレートの女性社員にハキハキとした声で聞かれ、遠慮がちに口を開く。
「あの、約束をしているわけではないのですが、こちらのCEOの伊月さんを呼んでいただくことは可能ですか?」
伊月の名前を出した途端、女性がピタッと一瞬止まったのがわかった。
やっぱり、さすがにCEOを呼び出すのはありえないか……と諦めていると、女性が笑顔で答える。