極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
「昔からなにかを欲しがったりしない子だったと、ふじえさんから聞いています。こどもらしく過ごさせてあげられなかったことを、ふじえさんは後悔してました。だから余計に、大人になった今、わがままに過ごして欲しいのでしょうね」
マスターの声はとても落ち着いていて、すんなりと耳に入ってくる。
きちんと話すのはこれが初めてだというのに、年齢が離れているせいか素直な気持ちが口をつく。
「祖母の気持ちもわかるんです。あ、もちろん私はこどもの頃自由にできなかっただとか、そんなことは思っていないし、心残りだとかもないから、祖母が後悔する必要はないんですけど……ただ、私が祖母の立場だったらやっぱり同じことを考えると思うので」
そう。だから私は、おばあちゃんがよかったって安心してくれるような生き方をしたい。それには私自身が自分勝手にならなければいけなくて……そこで息詰まっている。
選択肢がなかったことを嘆いていたわけではないけれど、他のみんなはこんな無数の選択肢を目の前に広げられたなかで、自分が進むべき道を選んで今があるのか……と考えると頭があがらない思いだった。
「昨日も今日も、ずっと考えてるけど、仕事をどうするかすら答えが出せないんです。案外、優柔不断だったんだなって気付きました」
自嘲するように笑うと、マスターは優しい微笑みを浮かべて口を開く。
「優柔不断ではなく、周りのひとのことを考えすぎなんでしょうね。自分の感情よりも、まず相手を不快にさせないようにという思いが先にきてしまうせいで、わがままのひとつも言えない。幼いころの経験のせいで、欲しい物に手を伸ばすことがつぐみさんにとっては恐怖だと植え付けられてしまったんだと、ふじえさんが話していました」