極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
「伊月、さっさとミット構えろよ」
「怒りで敬語抜けてるヤツの相手なんかするわけないだろ」
「まぁまぁ、大地。いいじゃない。孝一くんは、今までの元カレたちと違って責任とってくれるっていうんだから」
明るく言うおばあちゃんに「そこまでの話はしてないから」と注意する。
なんとなく責任イコール結婚という式に聞こえそうで嫌だったからだけど、おばあちゃんは気にせず続けた。
「でもすごいわよねぇ。孝一くん、伊月グループの息子さんなんでしょう? そんな人とつぐみがなんて、長生きしてみるものねぇ」
まだ六十代のおばあちゃんがパッと私を見て聞く。
「こういうの、なんて言うんだっけ? 乙姫……織姫ストーリー?」
楽しそうにするおばあちゃんに、苦笑いをもらしてから「シンデレラストーリー」と訂正する。
求人雑誌をペラペラと捲る私のうしろで、伊月と大地がまだぎゃあぎゃあと騒いでいた。
仕事をどうするかもそれ以降の生活も、なにひとつ決まっていないというのに、そこに少しワクワクしている自分に驚き……そして、嬉しくなる。
庭先から聞こえる虫の声が、夏の終わりを教えていた。
このあと、駅まで私を送り届けてくれた伊月に「これ、買っといたから」と半年分の新幹線の定期を渡され、記載されていた五十万以上の金額を前に言葉を失うことを、このときの私はまだ知らない。
END