極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
正直、やってもらう前はわずかな抵抗があった。でも、いざしてもらってみれば、大きな手で髪を撫でられるのは気持ちがいい。
いつも自分でするときは煩わしさばかり感じるのに、人にされるとこんなに気持ちがいいのだから不思議だ。
強すぎない温風をあてながら、頭を這う指や手が心地よかった。
強面の見た目からは想像もつかないくらいに優しい手つきだ。
「上手だね、ドライヤー」
機械音に負けないように、少し大きな声を意識して話しかけると鏡越しに伊月と目が合った。
「ああ。一時期、美容師になろうかと思ってたからな」
「え……そうなの? 夢とか、そういうこと?」
驚いた私に、伊月が「そんなたいそうなもんでもないけどな」と自嘲するような笑みを浮かべる。
「結構手先が器用だし、美容師やってる知り合いが近くにいたんだよ。それをよく見てたから、こういう仕事もいいかもしれないって。それくらいのレベルだけど」
「……そうなんだ」
「まぁ、結局、親の跡継がなきゃなんなかったし、本気で目指す前に終わったけどな」
そう話す伊月の顔には、後悔は見つけられなかった。
きっと納得した上での決断だったんだろう。
でも……そうか。伊月みたいに立場のある人でも、諦めなくちゃならないこともあるのか。