極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
別に、私や大地だけが諦めることを経験しているなんて悲劇のヒロイン的なことを思っていたわけではないけれど。
きっと、大半の人間はそういう諦めを経験していることくらい、わかっていたつもりだったけれど……伊月も将来を決めるとき、同じような決断をしていたんだなぁと考えると、なんだか不思議だった。
育ってきた環境がまったく違うのにって。
同じような諦めを過去に経験しているからってだけで、少し近づいた気がしてしまうのだから私もたいがい、単純だ。
「おまえは、小児科医になりたかったんだってな」
「え……」
おばあちゃんにも話したことのないことを突然言われて驚いていると、伊月が「大地に聞いた」と続ける。
「〝両親があんなで姉ちゃんも俺もずっと腹ん中に塞がらない傷がついたまま歩き続けてる。だから、姉ちゃんは子どもの傷を癒してやりたいって考えたんだと思う〟って言ってた」
ドライヤーの風音に消されることなくしっかりと届いた言葉に、ややしてから「そう」とだけ返す。
そういえば、大地にはなにげなく話したことがあったかもしれない。でもそんなの、私が高校に上がる前だ。
幼稚園児がケーキ屋さんに憧れるのと同じレベルの話でしかなかった。
医者になるためには、どれくらいのお金がかかるかもどれほどの努力が必要かも、なにもかもをきちんと理解できていなかった頃の話なのに……。
よく覚えてるな、と感心する。