極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する
私ももういい大人だし、お酒の場でのキスひとつでギャーギャー騒ぐのもみっともない……とも思うのだけど。
正直な話、付き合ってもいない人とキスしたのなんて初めてで、あれから一日経ったっていうのに頭の中にはまだ伊月とのキス事件がしつこく残っていた。
伊月は結構飲んでいた。だから、多少酔ってあんな行動に出たんだろうっていうことを理解しても、唇に残る感触やバーの雰囲気、視界の隅に映ったマスターの驚いた顔が脳裏から消えてくれる様子がなくて困る。
でも、いい加減それに振り回されるのも嫌で、気付けば大量の食事を作ってしまっていた。
おばあちゃんが、昨日のお礼にと広末さんのお宅に夏みかんを届けに行っている二時間弱の間に、ちゃぶ台に並んだメニューは五種類。
ずっとコンロの前にいたせいで額に滲んだ汗を手の甲で拭きながら「作りすぎた……」と眉を寄せ、ため息を落とした。
冬ならまだしも、夏のこの時期は料理だって日持ちしない。
部活でお腹を空かせてきた大地にいくら期待を寄せたところで、さすがにこれ全部は食べきれないだろうし……と、やや絶望的な気持ちになりながら並んだ大皿を眺めた。
夢中で作ったのは、若鶏の甘酢あんかけに、筑前煮、牛肉とじゃがいも、アスパラの炒め物、冷しゃぶサラダ、めかじきと大根、たまごの煮つけ。
それに、なめこのお味噌汁と炊き立てご飯。
おかずはどれも二人前くらいはあるし、どう考えても食べきれる量じゃなかった。
広末さんちから帰ってきて食卓を見るなり「誰かくるの?」と首を傾げてくるおばあちゃんには、苦笑いを返すしかなかった。
「え、なに、今日の夕食」
部活を終えて帰ってきた大地が、目をパチパチさせて言うと、おばあちゃんがご飯をよそいながら笑う。