極上御曹司は失恋OLを新妻に所望する


伊月へのお礼にと夕ご飯を作っているおばあちゃんを手伝っていると、突然携帯が鳴った。手を止めて携帯を確認して、驚く。

表示されていた名前が光川さんだったから。

突然の電話に驚きながら出ると、内容は〝今、家の近くにいるんだけど会えないかな〟という内容だった。その声の向こう側からは、工事現場で出るような音が響いていた。

うちの南側にあるアパートの解体工事で出るような音だった。

ここは会社から二百キロ近く離れているし、新幹線でも一時間半以上かかる。平日で仕事がある今日、何かのついでにぶらっと立ち寄るとも考えにくい。

別れてから今まで送られてきたメッセージは全部無視している。
だからわざわざ会いに来たのかもしれないと思い、少しだけ罪悪感を覚えたあと、うなずいた。

おばあちゃんに、「少し出てくるね」と告げたあと家から出る。
光川さんは〝解体中のアパートが見える〟と言っていたから、すぐ近くにいるんだろう。

「……あ」

門から出て左右を確認すると、携帯を見ながらちょうどこちらに歩いてきている光川さんを発見した。

アパートの解体作業は近隣への迷惑を考えてか、そこまで豪快に壊していないにしても、音は出る。
工事現場独特の騒音のなか近づくと、光川さんは私に気付き「つぐみ」と目を細めた。

途端、それまで騒々しかった工事の音が止まった。音が出る工事は八時半から十八時半の間だけにするという話だったから、今はそれくらいの時間なんだろう。

夏の太陽は傾きながらもまだまだ強い存在感を放っていた。

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