俺がしあわせにします
こうして俺は、謎の3ショットで食事することになった。

連れてかれたのは、居酒屋さんにしては珍しく静かな雰囲気のお店だった。半個室になっているので、落ち着く。
椎名さんはよく来るみたいで、店員さんと気さくに話していた。

「かんぱーい!」

椎名さんが勢いだけで乾杯の音頭をとる。
とりあえず、の生中で乾杯した。

カチンとグラスを合わせて、口をつけた。よく冷えた生ビールは、少し緊張して渇いていたのどを潤してくれた。

「やっぱいい仕事した後のビールはうめー!」

あっという間に椎名さんのジョッキは空になった。

「倉科ちゃんと飲んでるか?」

「はい、いただいてます」

笑顔で返す。

「よし、んじゃもう一杯な」

は?もういいよ。べつに俺飲みたい気分でもないし。
絡み酒?めんどくさいんだけど。
苦笑いで和奏さんを見ると、優しく微笑んでいた。

「もうほんとにこの酔っ払いは」

「いーじゃん、おまえももっと飲めよ。今日は俺のおごりだから!」

そう言って彼は豪快に笑って、和奏さんの肩を抱く。

放せ、触るなと思うけど、当の本人が嫌がってるわけでもないので、さすがに言えない。

「はいはい、嬉しかったのね。うんうん、わたしも嬉しいよ」

優しく宥めるように和奏さんが椎名さんの背中をたたく。

何これ?俺はいったい何を見せられているんだろう。

目の前の光景に言いようのないモヤモヤ感を感じて、俺の心の中で音を立てて、たがが外れた。

もうなんか何でもいいからこの現実を受け入れたくなくなった。

「日本酒冷やでお願いします!」

俺が半ばヤケになって言うと椎名さんがにやりと笑った。

「お!おまえ日本酒派?いいじゃん、俺のおすすめはね」

酔っ払いかと思いきや、素早い動きでメニューをめくり、俺に指し示す。

「じゃあ、それお願いします」

「倉科くん?別に椎名に付き合うことないのよ」

和奏さんが俺を気遣う。

「大丈夫ですよ。そんなに弱くないですから」

和奏さんと椎名さんのお猪口ももらって、本日2度目の乾杯をした。

つまみや軽食っぽいものも出てきて、いったん酒のペースが落ちたころ、椎名さんが俺を見つめてゆっくりと話し出した。

「中々いい飲みっぷりじゃん」

「どうも」

俺は軽く頭を下げた。

それからもじーっと俺のことを見てる。

たまらず、口を開いた。

「あの、何か?」

何だよ?まさか俺に何か言いたいことがあるとか?

「へぇ、お前が宮原自慢の右腕かぁ。イケメンだね」

椎名さんは上機嫌なのか、楽しそうだ。

それにしても、さっきのは?
え?自慢の右腕?
しかも和奏さんの?

「仕事大変そうで心配して声かけると、いーっつも、あたしにはすごーく頼りになる右腕がいるから大丈夫!って自慢してくるから、ずっと興味あったんだ」

「え?和奏さんが?」

「そう、こいつが。笑顔で俺に自慢してくんの」

今サラッと「こいつ」って言った。はっきり言って今この場に二人を知らない第三者がいたとしても、何も違和感を感じないだろう。それくらいこの二人はお似合いなのだ。

「今日の資料もおまえが作ったんだろ?実際よくできてて助かったよ」

「いえ、あれは和奏さんが途中まで作ってて、俺は最後に手伝っただけです」

事実を言って訂正したのだが。

「でも、追加部分作ったんだろ。宮原から聞いたよ。あそこが良かった!」

「そうよ、最後の資料任せちゃったの大正解だったわ!」

さすがわたし!とでも言いたげに、ふふんと和奏さんは自慢げに言う。どうやら自分を褒めているらしい。

「はぁ、ありがとうございます」

俺は恐縮したふりをして礼を言った。

なんか椎名さんて思ってたのと違うな。気さくだなとはなんとなく思ってたけど、こんなあからさまにヒトを褒めるタイプなのか?
営業エースなんて、オレ様な金の亡者だと思ってたのに。

あ、でも営業スマイルと巧みなトークってのもあるか。

ってそんなことより、和奏さんが俺をそんな風に自慢気に話してくれたことがすごい嬉しかった。

嬉しさに浸っていると椎名さんが身を乗り出して、内緒話でもするように小声で話しかけてきた。

「なぁ、今度、俺と仕事しようぜ」

小声だったがここには3人しかいないわけで、当然和奏さんにも聞こえている。

「ちょっと椎名!何誘惑してんのよ?」

「いいじゃん別に。俺も自慢の右腕欲しいし」

言いながら俺の右腕を掴む。
その上から和奏さんも掴む。

「ダメ!倉科くんはわたしの右腕なんだから!」

「じゃあ俺に左腕ちょうだい」

今度は左腕を掴まれる。

「ダメだってば!うちのチームのサブリーダーなんだから。倉科くんの両手は空いてないの!」

和奏さんが椎名さんの腕を引き剥がそうとする。

「なんだよケチ。彼はおまえのもんじゃないだろ。俺にも貸せ」

「イ・ヤ。だいたい部署が違うじゃない。それに倉科くんは企画が好きなの!ね?そうだよね!」

俺の顔を見つめる。さらにチカラをこめて左腕を掴む。

「営業なんて興味ないよね?!」

和奏さんのまっすぐな瞳に射抜かれる。

本音は、俺が好きなのは企画じゃなくてあなたで。
営業に興味がないって言ったら、それは嘘になるけど。

俺を信じてやまない彼女の瞳に逆らう気は起きなかったから、

「椎名さんありがとうございます。椎名さんに声かけてもらえるなんて、光栄ですが、すみません。俺今の仕事やり甲斐感じてますので、営業に行く気はありません」

申し訳ありませんと頭を下げた。

和奏さんがほっとした表情をしてるかと思ってチラッと視線を向けると、

「ほらぁ!だから言ったじゃない。ふふふ」

ザマアミロとでもモノローグが入りそうな笑顔だった。

「倉科、こいつに遠慮することなんてないんだぞ。異動願いは誰でも出せるんだからな」

と、あきらめない椎名さんに和奏さんが

「椎名しつこい!倉科くんと仕事がしたかったらあんたが異動願い出しなさいよ」

和奏さん、それはいくらなんでも。営業部に申し訳ないというか、なんというか。

「ヤだね。俺は何が起きても、営業でてっぺんに登りつめるって決めてるんだよ」

「わたしだって最高の企画を最高のチームでやるんだから」

「てっぺんに登りつめる」「最高の企画」、痴話げんかにしか見えないこのやり取りだけど、この人たちは真剣なんだ。
それだけの信念を持って仕事してるってことだ。

だいたい、エースにリーダー・・・
もう登りつめたと言えなくもないと思うけど。

この二人には、まだ登れる道があるらしい。

敵わないなあ、和奏さんにも、椎名さんにも。
俺にはそんな信念も覚悟もない。

そのあともヒートアップして、俺の取り合いをしていた。
まぁ、椎名さんはもちろん冗談だろうけど。
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